オブリビオンの妻

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 そう云うことで、私は今、夫の棲む兵庫県尼崎市にあるアパートに来ている。人通りの少ない小便臭い路地裏に、見るからに穢苦(むさくる)しい外構えのアパート。ああ、こんな処に夫は居るのか。ほとほと落ちぶれたものだ。今日は土曜の休日、どんよりとした天気、どの部屋も仄暗く見える。私は管理人に案内され、ギシギシと踏み音も虚ろな古ぼけた木の階段を上がって行った。  夫はこのアパートの部屋で一体なにをしているのか、このまま管理人と一緒に行って夫の部屋のドアをノックすべきか躊躇(ためら)ってしまう。  実を言うと、私には大よそ見当がついている。夫は例の悪趣味に耽っているのだと思われる。その悪趣味とは、すぐ目の前の夫の部屋の仄暗い明りが微かに震えている気配が物語っている。夫は、私に似せた女の裸体人形を作っては玩んでいるに違いないのだ。 いつもそうだった。深夜ともなると、例の夫婦の営みの最中にも関わらず、夫は電気スタンドの明かりでベッドを煌々と照らし、私の身体を隅から隅までスマホで写真を撮っていた。そんなことは止めて欲しいと私が言ったら、夫は悩ましい掠れ声でつぶやいたものだ。「この仄暗い明かりに照らされたお前の肌は、澄み切った白砂のように美しく輝くので、毎夜少しづつ念入りに写真を撮ってるんだよ。俺が好きか?寝たふりして黙ってなんかするな」この言葉、どうせ気まぐれなんだろうと思い、と云うか、夫のいつもの謎だらけの美意識の為せることだと、私は諦め、夫の好きなようにさせたのだった。私は眠りたいだけだったのに。    この部屋の中で、夫が抱いているその人形はどこまでも精巧で、一見すると本者の私と勘違いしてしまうほどに違いない。夫は手先が器用で、もともとはガンダムのようなプラモデル作りが趣味だったが、いつの間にか、女の裸体模型に傾斜していったのだ。それも求職活動中の時間潰しが原因だったと思われる。      
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