オブリビオンの妻

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オブリビオンの妻

 夫は勤めていた会社のリストラでクビになり、就職活動とはいえ、四ヶ月余りも引きこもりがちな日々を送っていた。その頃の私は夫に対して、正直言って、「うざい、顔も見たくない。どこでも良いから家出でもしろ!」という気持ちだった。それが関西の会社に就職先が決まり、夫が現地に引っ越してからというもの音信がまったく途絶えてしまった。それほど好きでもない夫ではあったが、徐々に夫のことが気になっていった。私は次第に居た堪れなくなり、夫の住んでいるアパートの部屋に電話をした。が、留守電になっていた。それからも度々電話をしたが、同じだった。かといって、手紙など書く気にもなれず、私は思い切って夫の勤める会社に電話をした。しかし、「席を外してます」の素っ気ない返答だった。私は恥を覚悟で、二、三度、会社に電話をしたが、同じ返答の繰り返しだった。どうもスマホも別機種に変えたらしく、夫の身になにか異変でもあったのではないかと、私は結婚してこの方初めて夫のことを本気で心配し始めたのだった。  つい昨日、実家の母に電話し、私は年甲斐もなく心配の心裡(こころうち)を洩らしてしまった。そうしたら、母は腹を立てて、こんな私の心配を一蹴したのだ。 「くそ、女なんだろう。あれでも旦那は男盛りなんだろうが。平気で人前でもオナラをするような体たらくの男でも、女に決まっているのさ。そりゃ、単身赴任で連絡がなきゃ、この類のことはそれが普通だと思いな。気になるなら行って見て来ればいいのさ。証拠を摑むのよ。手遅れになったらお仕舞よ。一体なにやってんのさ。まったく」
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