果実のない孤島

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果実のない孤島

 私は急いで一階にあるダイニングルームに行った。部屋の中からは世間話に花でも咲かせているのだろうか、賑やかな談笑のざわめきが聞こえて来る。  私はドアを叩くのをためらった。一体どんな顔をして部屋に入ればいいのか。下着を通してにせよ、この別荘の(あるじ)の肌の匂いを肉感的にも触れてしまった以上、どんな作り顔をしたとしても、もはや主とは他人同士ではないという気配を寸分にも周囲に放つかもしれないのだ。それにしても部屋の中は、急に(かしま)しくなった。酒に酔っ払っているのか、下世話な噂話で溢れ返っている。だが、それなら好都合というもの、どさくさに紛れて愛想笑いの一つでもして中に入ることが出来るから。  私は思い切ってドアを開けた。変だ。錯覚なのか、この部屋も薄暗い。ダイニングルームなのに。なぜ、明るくしないのだろう?なにか意味でもあるのだろうか?莫迦みたいに陽気に騒いで、この方たちは疑問に思わないのだろうか? 「皆さまあー、遅くなりまして申し訳ございません。柳瀬の妻の里沙といいます。今夜は宜しくお願いしまーす」 「あーら、柳瀬さんの奥様、お出ましやわ、首を長くして待っとったんよ。随分素敵なドレスやわ、高そうやわ、まるでパリコレのモデルや、私ら叶んなあ。こんな安物しか着れんし」 「おまえ、ええ加減にせえよ。何ちゅうことを言うんや。ここを何処だと思っているんや、品のないことを言うんやないちゅうのに」 「奥さん、旦那さんが待っておられるよって、はよ席に座ってくれへんかな。まあ、ビールでも一杯どうやろか」 「あんた、なにを言ってんの。美人だから顔色変えて。色目使ったら承知せぇへんから」 「痛っててて、おまえ何するんや、そんなところ(つね)るな、いやらしい、場違いなことをすな。俺こそ承知せえへんで」  信じられないことだ。この情景をどう理解すれば良いのか。これじゃ、まるで化け物たちの宴会だ。夫はきょとんとして目を白黒させ辺りを見回しているではないか。それに、肝心の社長が居ない。こんな連中が相手では同席も憚れるのだ。  私は何の気兼ねもなく席に着いた。すると、突然、しーんとなった。彼等は私の胸元を見て呆気にとられていた。  私は自分が場違いな処にいるとしみじみ思った。しかし、場違いなのはどちら側なのだろう。それは一目瞭然ではないか。いくら食わせ者同士であっても、この者達に、この別荘がお似合いとでも言うのか、とんでもない。断じて言いたい、この別荘にお似合いなのは私しかいないということを。 「おい、遅かったな。何をしていたんだ?」 「スカートの糸が解れたのよ。直すのに時間がかかってしまって…」  私はこのような場でも平気で夫に嘘をつく。まるで宿命のように。気まぐれのように。    暫らくして、社長が部屋に入って来た。静かな威厳を放ちながら。私は待っていた。私の肌はすでに濡れかかっていた。
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