その一片の、恋の行方は

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 空気中に、熱湯が浮かんでいる。  そのぐらい暑い中、部活に精を出している若者たち。それを見下ろしながら、温くなった缶コーヒーを口に運んだ。  屋上の手すりに寄りかかっていると、遠くに見えるのは、野球部が束となって走っている風景。それと、その向こうでは、サッカー部が二手に分かれて、試合の練習をしているらしい、ところだった。 「なんっで、あんなに夢中になれるもんかね。暑いってのに……。」  彼らは、ちゃんと水分補給をしているのだろうか。  見たところ、誰も休憩をしようとしない。が、熱中症で倒れたりしたら、シャレにならないのではないかと心配になりながら、ダラダラと流れる米神の汗を手の甲で拭う。  煙草に火をつけてから二分も()っていないが、この()だるような太陽光には、()を上げそうになった。 「ダメだ……。」  と、俺はひとり言をつぶやきながら、携帯灰皿に煙草を押し付け、火を消した。 「よく、煙草なんて吸ってられるね。倒れるよ?」  その声に、またかと声に出さずに心で思う。もう当たり前となった屋上にいる伊香の姿。彼女は、とても鬱陶しそうな顔をして、そこに立っていた。 「なんで夏休みに……あぁ、補習か?」 「はっ!? ……私これでも、成績いいんだからね?」  ぷくっと頬を張った伊香が近づいてくる。伊香は、タンクトップにショートパンツと夏らしい格好をしていたが、その服装に不似合いの学校指定の上履きを、(かかと)をつぶして履いていた。 「踵、つぶすと猿川先生がうるさいぞ。ちょっとでも折れ目入ってんの見りゃ、目くじら立てるから。」  学校といえば、よくわからない決まりがある場所の代表だ。  肩にかかる髪は結ぶ。  髪を結うゴムは黒か茶色。  化粧をしてはいけない。  男子なら、髪の毛は耳が出るぐらいになど……他にもある、たくさんの決まり。  役に立つのかもわからないその決まりだが、従っていた方が楽だ。 「ね、私ずっと思ってたんだけどさ。踵つぶして履くのって何がそんなにダメなの? 猿川先生の怒り方、異常っていうか……みんなひいてんだけど。」  生活指導の猿川先生は、とにかく細かく、ねちっこい。理不尽で怒られる生徒も多く、俺も苛立つときがある。さらに生徒だけじゃなく、その担任にまで怒りを向けてくるものだから、鬱陶しいことこの上ない先生だ。 「まぁ、物は大切に? ほら、なんかあったとき、全速力で走って逃げらんないとか、転ばないようにってことじゃね?」  知らないけどな、本当のことは。  上履きに関しては、まだこういう理由がありそうだと想像がつく。けれど髪の毛だとか化粧に関しては、正直、それほどの意味があるとは思えないが、ずっと続いてきたことを変えるというのも大変な労力がいる。  そんな面倒なことを、誰もがやろうとしないだけなのだろうと、ぼんやり思った。 「なら、そう言えばいいのにね。やめろばっかで……何でダメなのか教えてくれたら、わかるのに。」  自分よりもはるかに年下の生徒に、そんな尤もらしいことを言われている猿川先生。可哀そうにと思いながらも、せいせいした気分に口角が緩む。それを知られないように、俺は右手で口元を隠した。 「まぁ、一応表面上は従っていた方がラクだぞ? 大人だってそうだ。変えなきゃ! なんて、立ち上がるのもしんどいだろ。そんなのは、いざってときだけで……。」 「先生。」  言葉を遮られ、俺は伊香に首を(かし)げて見せた。 「やっぱり、先生は――」  けれど伊香は、その続きを口にしてはくれなかった。
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