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寝転んで、煙草の煙を燻らせる。そして空を見上げれば、煙草の煙が、ゆったりと空に吸い込まれるように昇っていく。細く、白く、何も形を成さずに、消えてなくなるだけ。それでも立ち上ろうとする、煙。
雲一つない空を背景として、くゆりくゆりと揺れる煙の、なんと寂しいことか。
くわえていた煙草を口から離し、携帯灰皿に押し付け火を消した。そして寝転がったまま、携帯灰皿を自分の横に放り投げた。
「先生っ!」
と、俺の耳に響いた声は、懐かしむための幻聴か。幻聴ならば、少しぐらい感傷に浸ることも許されるかもしれないと思った俺は、目を閉じた。そして感じた春の匂いに、スンと一度、鼻を鳴らした。
「学校内、全面禁煙になったって聞いたんですけど?」
と、今度は大きく、ハッキリと聞こえた声に、目を開けた。
「お久しぶりです、先生。」
青い空のキャンバスに、描かれていた煙草の煙と重なるように、俺を太陽から隠すようにして、覗き込んできたのは、一人の女性。
「……生徒にバレなきゃ屋上はセーフってことになってんの。暗黙の了解ってやつだ。」
言い訳がましいが本当だ。昼飯を食ったあとの休憩時間、授業が終わった放課後の、たった一本の煙草ぐらいは許して欲しいとの喫煙組の主張が通り、屋上には鍵がかけてある。
基本的には、屋上に生徒は立ち入り禁止。
煙草を嫌う先生方も、屋上には近づかない。
それはもう、何年も前から変わらないこと。
「いつも……どうやって入ってくるんだ? 謎なんだが。」
俺がそう尋ねると、昔より色鮮やかになった彼女の唇が弧を描いた。
「内緒です。」
肩にかかるぐらいの栗色の髪の毛が、ふわりふわりと風に靡く。あの頃、まっすぐに整えられていた髪の毛先は今、いくつもの半円をゆるりと描き、悩まし気に揺れていた。
「先生って、いっつも空見てますね。」
そう言われた俺は、彼女から視線をずらして、空を見た。
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