第4章:狙われた巫女姫(2)

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第4章:狙われた巫女姫(2)

 誘拐犯を憲兵に引き渡し、二、三の事情を訊かれた後、エレ達はハリティン繁華街の食堂にいた。本当は遊撃隊御用達である小さな店を使うつもりだったのだが、人目の多い場所にいた方が安全だろうと、大勢が出入りする大衆食堂を選んだ。  大皿に盛られた料理が運ばれて来る。生野菜を盛り合わせバジルのきいたオリーブオイルと粉チーズをかけたサラダに、甘辛いソースに浸かった魚の揚げ物。香辛料をふんだんにまぶして豪快に焼き上げた鶏のむね肉。魚介類と根菜をホワイトソースで煮込んだシチュー。いずれも水路を使った運搬が行えるからこそ届く新鮮な食材ばかりだ。保存食が主であるセァクではお目にかかれない品で目を白黒させるエレの前に、リリムが食事を取り分けた小皿を置いてくれた。 「いっただきまーす」  全員に取り分けが終わると、シャンメルが嬉しそうに手を合わせて料理にがっつき始める。自らもフォークを手にしたところで、エレは訊く機会をなかなかつかめずにいた疑問を仲間達に投げかけた。 「あの、インシオンはどちらへ行かれたのですか?」  席についているのはエレ、シャンメル、リリム、ソキウスの四人だけで、インシオンは店に入る前にどこかへ行ってしまった。もしかして、自分が誘拐されかけた件でまだ何か用事があるのだろうか。だとしたら、彼一人に迷惑をかけて、自分はのうのうと昼食にありつくなど、非常に申し訳無い。しかし。 「あー、らいひょぶらいひょぶ」  口いっぱいに食べ物を頬張ったシャンメルが、魚の尻尾をはみ出させながらフォークをぶらぶら振って、「シャンメル、行儀悪い」とリリムに呆れられる。 「インシオンは今後の移動手段を得る為に、仕事を探しに行ったのですよ」  まだもごもご言っているシャンメルの代わりに、ソキウスが説明する。 「普段の雑事は私担当なのですが、仕事を得る交渉だけは英雄本人が行った方が、相手も安心ですからね」  確かに、実績のある当人が顔を見せて語れば、信用を得やすいだろう。彼らの判断には一理ある。それにエレはインシオンの力を目の当たりにしている。襲撃者をあっさり返り討ちにし、誘拐犯を一瞬でのした戦闘力は本物だ。  そして、そういえば、と思い当たる。 「あの!」  軽く呼びかけるつもりが、つい力が入って大きな声になってしまった。ソキウス達三人だけでなく、食事を運んでいた店員や近くの席に座っていた客も、何事かと振り返る。 「すみません、何でもありません」  他の客に頭を下げて、彼らがめいめい食事に戻るのを見届けると、エレは声量を下げてソキウス達に訊ねた。 「インシオンが『英雄』と呼ばれる理由を知らないのですが」  セァクに伝わるインシオンは『死神』の姿だけだった。仲間の犠牲を厭わずに敵陣へ斬り込み、返り血にまみれながら敵を殲滅する非情な戦士の噂。それしか知らない。そんな人間が英雄視されるきっかけはどこにあったのか。エレはそれをきちんと知っておきたいと思った。  ところが、ソキウスだけでなくシャンメルとリリムもふっと表情を消し、その顔を見合わせた。口にして良いのかどうか無言で問いかけ合っているような雰囲気だ。  そんなに語りづらい質問をしてしまったのだろうか。エレが首を傾げると。 「お前ら、仕事取ってきたぞ」  ばん、とテーブルを平手で叩く音で、エレ達四人ははっと現実に立ち返った。たった今話題にのぼっていたインシオンその人が戻って来たのだ。 「ユニアスまで行く隊商の護衛だ。五人全員三食付きで一日三百リド」 「それはまた破格ですね」  ソキウスが眼鏡の奥の目を丸くして驚く。 「三百って、そんなに破格なのですか」  相場がわからずにエレがシャンメルに耳打ちして問いかけると、 「破格も破格」  シャンメルも興奮を隠せない様子で返してきた。 「この辺の宿の一泊が一人十リド。この食堂のおねーさんが丸一日キリキリ働いて得られるお給金がトントン。はい、後はどんだけすごいか自分で想像できるね?」  言われて指折り計算し、両手に入りきらなかった時点で絶句する。 「ちなみに隊商護衛の相場は、五人組でもせいぜい一日二百です」  ソキウスに追加説明されて、金銭感覚に疎い姫君のエレでも、もう言葉が出なかった。  エレは考えるのを放棄して再び食事に専念する事にしたのだが、どかりと席について「俺にも飯」とリリムにぶっきらぼうに告げるインシオンが、いつもに増して眉間に皺を寄せているのに気づいた。 「……何かありましたか」  同じく察したらしいソキウスが水を向けると、インシオンはひとつ大きく溜息をついて、 「帰りしなに憲兵の詰め所へ寄って来た」  と仏頂面で口を開く。 「あいつら何か吐いたのー? あ、何も吐かなかったから機嫌悪いのかー」  椅子にもたれかかってけらけら笑うシャンメルさえ、次のインシオンの言葉で真顔になった。 「吐かないどころじゃねえ。連中、憲兵が目を離した隙に、舌かみ切って死んだらしい」  全員がしんと黙り込む。 「それは……」  ソキウスも続ける言葉を見失ってしまったようだ。エレはしばし考え込んだ後で、インシオンに訊ねる。 「彼らを差し向けたのは、そこまでしてでも黙っていなくてはならないような相手、という事でしょうか」 「さすが言葉を武器に使う魔女だな、まるきりの馬鹿じゃねえ」  インシオンが鶏肉をフォークでつつきながら返す。ただしこちらを見はせずに。 「だが、それがわかれば苦労しねえよ。真相を連中に訊きたきゃ、あの世まで追いかけて行くしか無い」  それで終わりとばかりに彼は肉を口に放り込み、ゆっくりと咀嚼した。  いったい誰の差し金なのか。疑惑の霧を漂わせたまま、各々が食事に戻るのだった。
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