縺れ

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縺れ

    1  いつも感じてた。父さんは、俺のことが邪魔なんじゃないかって。  電子レンジで温めたばかりの弁当を、口へ運びながら雪春は顔をしかめた。  また、あの日の記憶が蘇る。それは、(とつ)としてフィルムが回り出し、脳裏に映像化されるのだ。  雪春がまだ、中学一年生の頃だった。今日は珍しく、父親の帰りが遅くなっていた。時間を見ると、深夜の一時過ぎ。眠っていたところに、リビングから声がして起きたのだ。耳をそばだてる。電話で誰かと話しているようだった。 「ああ、分かってる。でも、仕方ないだろ? 俺には子供がいるんだから。真奈美(まなみ)の気持ちは分かるけど、我慢してくれ。俺も辛いんだ。雪春が自立するまでは……それは難しいな。おい、邪魔とか言わないでくれ。落ち着けって。ああ、俺だって、すぐそうしたい。でも、今は無理だ。分かってくれよ」  上体を起こし、ドアを見つめた。心が沈んでいく。身体の力が抜け落ちていく。  俺って、邪魔なんだ……。  実際、父親からは邪魔だと言われていないが、という言葉は同意したのと同じようなものだった。  心に亀裂が入る音がした。  父さんは、今まで無理してたんだ。辛かったんだ。あの笑顔も、優しい声も無理していたんだ……。  そう思った瞬間、母親の顔が過り、涙が溢れてきた。捻くれた感情が腹の底から湧き出てくる。  もう全部、壊したくなった。  雪春はシーツを握りしめ、強く唇を噛みしめた。  そして――その日を境に、父親に対しての接し方がガラッと変わってしまった。父親との間に壁ができたのだ。優しい声や態度を見ても、全部、胡散臭く感じてしまう。どれをとっても、心に届いては来なかった。  それから、三年が経とうとしていた。相変わらず父親に対しての感情は変わっていない。これは一生変わらないかもしれない。  早く、ここを出て自立したいな。そしたら、みんな幸せだ。――そうだ。高校生にもなったし、バイトでもしよう。  雪春は、ふと、そう思った。
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