皇子代黎

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皇子代黎

『昨日神社に行って、お百度参りをしてきたんです。本当によかった』  テレビでそう話す女性の手にはどこかの神社の御守りが握られていて、その女性は心臓移植をした娘の手術成功を涙ながらに喜んでいた。 「あほらし」  しかしそんな感動的なシーンを、つまらなさそうにそう言って少年はテレビを消した。  そのくねくねした黒髪の少年は何の不満があるのか、酷い仏頂面でテーブルを離れ、朝食の乗っていた食器を台所のシンクの中に入れた。  彼の名前は皇子代(みこしろ)(れい)と言う。  着ているのは学生服だ。夏だからだろう、白いポロシャツに、同じく真っ白なズボンをはいている。真っ白なその見た目にアクセントをつけるためなのだろう、制服の側面に黒いラインが入っている。  どこからどう見ても、今から学校に行きます、と言った風貌だ。 「いってきまーっす」  未だ寝ているだろう母へそう言って、扉を開ける。その先には見渡す限りの田畑と、その右手には大きな川という田舎丸出しの景色が広がっていた。昨日の大雨の影響だろうか、川は増水し濁りきった水を猛スピードで下流へ送り続けている。少年はもう見飽きてしまった景色にうんざりしながら、 (ドア開けた瞬間に上の人が飛び降りてきて、こっち見てニチャアと笑いでもしたらしばらくネタになるのになぁ)  と、大変倫理的に問題のあることを考えていた。  別に彼も本当にそう思っているわけではない。ただのこの黒髪の少年ならではの、ブラックジョークだ。黒髪の少年だけに。 「らっちゃい!」  そんなとても可愛らしい声が後ろからかけられた。振り向くとそこには、二歳になったばかりの妹、心春(こはる)が人差し指をくわえながら立っていた。兄同様に真っ黒な髪に大きな瞳。そんな可愛らしい妹の朝の見送りに、少年はすっと踵きびすを返し再び玄関に入ると、心春の目線に合わせるようにしゃがみ、その肩にぽんっと手を乗せた。 「いってきまマウス! チュウチュウ!」  台無しだった。  今までしてきた彼の描写では考えられないくらいの笑顔と、キリッとした表情。  そう、彼はシスコンだ。それはもう気持ち悪いくらいの。  しかしそんな気持ちの悪い兄に対し、心春もニコリと笑って「ちゅうちゅう!」と、可愛らしく返した。こうして毎朝笑顔を見せ合うのが、日課なのである。  その黒髪の少年こと皇子代黎は遅刻するかもしれない事など全く意に介することなく、妹と数十分間じゃれあった後、 「よっし。今日も楽しくなりそうだ」  とにこやかに家を後にし、一階の自転車置き場まで行くと、いつもの道を学校へとこぎ出したのだった。
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