一・七五キロを投げる

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**********  天川に促されるままに俺は再び円の中に入っていた。さながらマウンドに立ったような気分だが、投げるのは硬式ボールではなく、円盤だ。  昔、母親に左利きを直しなさいと散々言われ、それ以来右利きになろうとしていた。実際、箸やペンを持つ手は右だ。左手を使う場面といえば、反射的に身を守ろうとするときくらいだ。  左手首につけていた腕時計を前田に預け、細く息を吐いた。円盤をサウスポーで投げるのは初めてのことだった。  幼い頃の母親の叱責が、頭をかすめる。  緊張とは違う感情で、汗をかいていた。円盤を滑り落としそうになって、思わずシャツで拭いてしまう。横目で天川を見る。一つうなずいて、俺を指差し、次に扇の先の方を示した。  ――あそこまでいけるだろ?  やるしかねえ、と自分に言い聞かせる。 「……ふっ」  地を蹴る。右足を軸にしてフルターン、小さい歩幅を二度繰り返し、腕は円盤に繋がった縄であると思い込む。ぐるり、重心を勢いに――遠心力に任せて、右足を踏み込んだ。  リリース。  円盤は空に高く舞い上がり、それは遠くへ、遠くへと飛んでいった。 **********
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