一・七五キロを投げる

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**********  グラウンドの隅に荷物を下ろし、彼はずかすかと他の部活の輪に入っていった。彼の背中を追いかけようとして、一瞬だけ陸上部の仲間と目があった。前田はそちらの方に向かっていく。 「おい、待てって」  言う頃には、前田は何やら話し込んでいる様子で、やがて一つうなずいて円盤を持ち、少し重そうにしながら投球位置に移動した。俺はそれを見ながら、円盤を貸し出した元仲間――谷崎、だっただろうか。名前は知っているがあまり話したことはない――に駆け寄った。 「なぁ、アイツなんて言った?」 「あれ、天川の知り合いなのか?」 「知り合いも何も」横目で彼を見やる。円盤の重さに少々戸惑いながら、円の中で色々とステップを踏んでは首を傾げている。「古い友達だ」 「それでか」  谷崎はそう呟いた。 「アイツ、お前を励ましてえんだってよ」  そう言って、小馬鹿にするように笑った。俺も合わせて笑ったが、前田自身の真意は読めないままだった。 「天川ぁ、見ててくれやぁ」  前田が叫んだ。俺が手を振ると、彼は円の端に構え、見様見真似なのだろう、普通よりも多く地面を蹴って、しかし深く踏み込んで、宙に円盤を放った。少しの間、それは空に向かっていたが、すぐに弧を描いて落ちていく。僅かに扇の外に出てしまい、記録なしになってしまうが、十メートル強は飛んでいる。経験なしの文化部にしては頑張った方だろう。前田は肩を押さえながら、俺の方に戻ってきた。 「肩がもげるかと思った」 「素人がやるからだ」 「そう、素人だ。猿真似だ」  意外と言うべきか、彼は素直に認めた。 「じゃあ、天川よ、お前が小説書けって言われたらどうするよ」  突然の問いに面食らってしまう。遅れて何か意図があるのだと思い、それからグラウンドの入り口を横目で見やった。 「……お前の原稿とか見て、参考にしながらやると思う。多分、一生そんなことしないと思うけど」 「俺だって、つい数時間前まで円盤投げするなんて思ってなかったよ」  彼は冗談まじりに笑った。 「要するに適材適所ってことだぁな、お前は運動部だ、俺は文化部だ。交換はできねえ」 「当たり前のことだな」 「それはそうと天川よ」  本当に文脈を読まない奴だな――心の中で呟いて、口ではぶっきらぼうに応対した。 「利き手と逆で天下を獲れたお前が、何をしょげてんだよ」 **********
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