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「その傘……」
僕が小さく言葉を漏らすと、彼が「ああ、これね」と言って少し傘を上げてみせる。
「ゴミ捨て場に置いてあったんだ。でも使えそうだし、もったいないだろう」
彼はそう言って、はにかんだ。
「捨てる神あれば、拾う神あり」
俺はそういう主義なんだと付け足した彼は、傘を畳むと僕の隣に腰かけた。
「君はよくここに来ているよね」
「えっ?」
「なんで知っているかって? 実は俺もね、この場所を気に入っててたまに顔を出すんだ」
僕は訝しげに彼の横顔を見つめる。
そんなはずはなかった。今まで一度だってここで、人の姿を見かけたことがなかったのだから。
「不思議だって顔してるね。でもね、君が思っている以上に世界は広いし、あり得ないことなんてたくさんあるんだよ」
そう言って彼は、傘を僕の隣に置く。再度驚く僕に、彼は立ち上がって僕を見下ろした。
「またおいで。ここでいつでも待ってるからさ」
彼はそう言ってから、ほら見て、と唐突に切り出して空を指差す。僕は視線をそちらに向ける。
すっかり雨は止んでいて、白い日の光が顔を出していた。
空には薄っすらと虹が掛かり、七色の光を宙に描いている。神社を取り囲んでいる空気も澄み切っていて、木々の雨露がキラキラと周囲に輝きを放つ。
「綺麗ですね」
僕が感嘆の声を漏らし、横に立つであろう彼に視線を向ける。
でもそこには黒い傘がぽつりと置かれているだけで、彼の姿はどこにもなかった。
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