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「だいじょうぶ」と彼は微笑でうなずく。「いや間違いないと思って」
「間違い?」
「落とし物を拾ってくれる人なら、いい人に違いない」
「――拾わない方が不自然だったし」
「時給ははじめ千円。慣れたら千百円。交通費は1日5百円まで。賄い付き。仕事は注文取りと料理を出すのと片づけ。あとは会計と皿洗い」
「はぁ」
「考えて、もしやりたくなったら連絡くれますか」と彼は席を立つ。厨房との境にあるカウンターからスマートフォンを持ってくる。「連絡先いま」と画面を操作する。
「やります」と美歩は言った。
「え」
「アルバイト、ここでします」
「そお? 悩まなくていい?」
「はい」
美歩は立ってお辞儀する。
「よろしくお願いします」
「よろしく」と彼は微笑でうなずく。「じゃあ食べたあと、名前と連絡先教えてくれる?」
「はい」と美歩は立ったままバッグからスマートフォンを出す。
「僕は南雲勇翔」と彼。「南の雲に、勇ましく翔ぶ」
「あ、私は、波多野です。波多野美歩」
「ミホちゃんか」
「波に多いに野原の野、美しく歩く」
「モデルさん?」
「え」
「美しく歩く」
「あ――」美歩はリアクションに困る。
「007みたいだった」
「00?」
「ボンド、ジェームズボンド」
「はぁ」と美歩は首をかしげる。彼の言っている意味がよくわからない。
「よろしく」と彼は構わず「これ、店と僕の連絡先」とスマートフォンをテーブルに置く。「いつからできるかな」と美歩を見る。戸のあく音がして「いらっしゃいませ」と店の出入口を見た。
***
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