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「このまえ美歩ちゃんが帰りがけに会った人たち、テレビ局の人だったのね」と勇翔は料理の仕込みをしながら言った。「情報番組。梅雨明け前に江の島の特集やりたいらしく、取材したいって。今日これから来るから、よろしくね」 「よろしくって?」 美歩は出勤したばかりで手を洗っていた。 「映るのよ。料理出したり説明したり」と勇翔は当然のように言う。 「え、私が?」 「こんなヒゲよりいいじゃない」と勇翔はあごをさする。今日は無精髭だった。 「ババアよりね」と和代が横で言う。 「え、え、無理ですそんな、説明とか、顔出しも」 「NG? 事務所的に? どんな事務所よ」と勇翔はひとりでボケてひとりでツッコむ。 「急に言われても心の準備が」 「だいじょうぶ。どうせ短くだろうし、使われないかもしれない」 「がんばって」と和代は笑顔で軽く言う。 「えー」 美歩は更衣室に戻って鏡を見た。自転車で来るあいだに髪は海風で乱れ、仕事で動き汗をかけばさらにで「しゃーない」といつもは妥協していた。「これでよしとしよう」 しかしテレビに出るとなると話は別。持ち歩いているスプレーをかけてあれこれ試したが梅雨の湿気でうまく行かない。 「やっぱ無理です」と更衣室を出て訴えた。「和代さんやって下さい」 「なんで無理」 「前髪決まりません」 和代は美歩の前髪をじっと見る。 「ね、ね」と言ったあと美歩は両手で前髪を隠す。 「わからない」と和代は真顔で首を振る。    *** 11月9日に電子書籍を発売しました。作者の自己紹介にあるHP、または「あらすじ」の下部から購入サイトにお進みいただけます。ぜひ。
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