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「お待たせしました」と彼が定食の盆を持ってきた。「アジの刺身定食です」 「ありがとうございます」 「ごゆっくりどうぞ」と彼は料理を置くと厨房に戻っていく。 美歩は会釈して箸を取った。話しかけるのは食べたあとにしよう、と思い、ホラまたそうやって逃げる、と思う。 「これあの」と彼の声がして見ると、厨房の入口で振り向いていた。「ナンパとかじゃなく」と美歩に言う。 「え?」 「質問なんですけど、前に会ったことあります? 僕と」 「あ――」 「いや、なんか見憶えある気がして」 「このまえ、先週あの、レモン」と美歩は言った。 「あ、あの時の」と彼は目を丸くする。 「ええ」 「そうか。そうだ。あの時はどうも」 「いえ」 「ありがとう」 「目の前に転がってきたから」と美歩は目を伏せる。 「じゃあこれ」と彼は定食を指さす。「今日はお礼で」 「え」 「ごちそうします」 「いえ、そんなつもりじゃないんで」 「まぁ、だろうけど」 「払います。いただきます」と美歩はお辞儀して料理に向かう。 「こっちの気持ちで」と彼は厨房に入る。 「でも――」 美歩は目が泳ぐ。お礼欲しさに来たと思われるのは最悪だった。だいたいレモンと定食じゃ値段が違いすぎる。見合わない。先週のことは話すきっかけになればと思ったがお礼が欲しくて来たんじゃない。    *** 11月9日に電子書籍を発売しました。作者の自己紹介にあるHP、または「あらすじ」の下部から購入サイトにお進みいただけます。ぜひ。
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