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成美に指定された場所に着く。成美は既に到着していた。
黒い布切れのような物で、身体を捲いているような感じで、岩に腰を下ろし、潮風に吹かれ、長い髪の毛を靡かせて海をじっと見つめていた。
「待たせたみたいだね」
私は敢えて強気で話しかける。
「そうでもないよ~。来てくれたんだ。嬉しいよ」
成美はそう言って、静かに立ち上がった。
「お前に喜ばれてもな……。虫唾が走るよ」
「相変わらず酷い言い方だな~。もしかして、この前の事、まだ怒ってる?」
身体を散々破壊された上に、一生消えることのない最悪な落書きをされて、怒っていない人間なんてこの世にいるのか?
ふざけているにも程があるだろう!
「過ぎた事だ。気にしてはいないよ」
ここは敢えて冷静を装った方が良いだろう。成美と再戦をしても、全く勝てる気がしない。
「良かった~。やっぱり雪乃ちゃんは可愛い娘だ」
成美の可愛いと言う基準は、全く理解出来ない。
「ところで、私に伝えたい事ってなんだ」
「とても重要な事だよ~。実はね、私、飽きちゃったんだ」
「飽きた?何にだ」
「色々な事にだよ。何もやる気が起こらないんだよね~」
「暫く平和になるな。良い事じゃないのか」
「雪乃ちゃん。本気で言っているのかな」
成美の表情が、一気に冷たくなる。
「いや、私としてはライバルが静かになるのは、ちょっと寂しいな」
ここは、言葉を選んだ方が良いだろう。ただ、強気な姿勢は崩さない。これが本来の私の姿だ。
「そう……。寂しいんだよね~。胸にぽっかりと穴が空いたみたいだよね」
表情が少し元に戻ったようだが、成美の浮かべる表情に、何処か物哀しさを感じる。
「暫くしたら、やる気が戻るんじゃないのか。また、対決をしよう!」
成美は微かな笑みを浮かべた。
「そうしたいけどね~。胸に空いた穴が埋まらないんだよね」
成美は静かにゆっくりと立ち上がり、身体に捲きつけていた黒い布切れを放り投げた。
水平線に沈みかけた太陽の光を背景に、成美の全裸が映し出される。
美しい……。
見とれてしまった刹那!
成美の身体には、右胸の辺りから左脚の付け根にかけて、『Fuck Me!』と刻まれていた!
誰かに何か刃物のような物で切り刻まれたのだろうか……。
それとも自分で……。
赤く腫れあがったような感じで、浮き出ている文字に戦慄を覚えずにはいられない。
「雪乃ちゃん。最期に成美ちゃんって呼んでくれないかな~」
成美は私に笑みを浮かべ、両脚で力強く地面を蹴る!
「待って!成美ちゃん!」
成美は身体を仰け反らせ、両腕を広げて身体をY字型にして、背面跳びのような感じで、太陽のオレンジ色の光の中に溶け込んだかと思うと、頭から深き青い海の中へと吸い込まれていった。
成美が描いた一瞬の美しさに魅入ってしまった私は、何もすることが出来ず、ただ、成美ちゃんと呼ぶことしか出来なかった。
波音が響き続ける中、両膝から崩れ落ち、成美が落下した場所を、ひたすら見つめ続ける……。
成美が浮かび上がってくることはない。
それにしても……。
『飽きた』の一言で、全てを終わらせてしまうとはな。
成美らしいのかもしれない……。
そう思いながら、私は両膝を地に付けた状態で、夕暮れの海を見つめ続けていた……。
FIN
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