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花凛が駿の部屋へ着いたのは、21時すぎだった。しかし、まだ駿は帰ってきていない。花凛は合鍵を使って中に入る。
「あと一時間くらいは帰ってこなそうだな……」
遅くなる時は22時を過ぎることも多い。花凛はキッチンに向かい、途中で買った食材を出して食事を作り始めた。
一人なら食べてくるのだろうが、花凛が来るとわかっている時は、遅い時間になろうが食事は家でする。
家に帰って温かな料理があるというのは、本当に癒される。駿はいつもそう言ってくれた。なので、それほど料理に興味がなかった花凛だが、駿と離れてから母親から料理を教えてもらうようになった。それだけでなく、ネットでレシピを検索したり、自分でもいろいろ考えたりしていると、段々楽しいと思うようになっていた。
そんなこんなで、もう十年。花凛の腕もそれなりに上がっている。手早く準備をし、後は駿が帰ってきて温めるだけといったところまで仕上げた時、部屋のインターホンが鳴った。
「タイミングピッタリ」
花凛が画面で確認すると、思ったとおり駿が映っていた。入口のロックを解除し、急いでつけていたエプロンを外す。もう一度インターホンが鳴り、花凛は玄関のドアを開けた。
「おかえりなさい」
「ただいま」
少し疲れたような顔をしていたが、駿は笑顔で部屋の中に入ってくる。
この瞬間は、いつも何とも言えない気分になる。何気ない挨拶をして、笑顔をかわして。結婚はしていないが、気持ちだけはこっそりと夫婦になれる。
「うわ、美味そう! いつもありがとな、花凛」
「どういたしまして。お腹すいてるでしょ?」
「うん、すぐ着替えてくる」
駿はそう言って、寝室へ入っていった。
宣言どおり、すぐ部屋着に着替えてきて腰を下ろす。テーブルに並べられた料理を見て、また笑顔になった。
「いつもコンビニ弁当だと、やっぱ飽きるんだよなぁ。だから、ほんと助かる」
「駿はいつも喜んでくれるから、作り甲斐があるよ。さ、食べて食べて!」
「いただきます!」
花凛の作った料理を美味しそうに頬張る駿を見ていると、毎日この顔を見たいと思う。それと同時に、駿の方は毎日この料理を食べたいとは思ってくれないのだろうか。偶にだから嬉しいだけ? 毎日はいらない?
こんな思いも、これまでは口にしたことがなかった。駿を追い詰めたくないという気持ちもあるが、本当は怖かったのかもしれない。そうだ、と言われてしまうことが、何よりも怖かった。でも、いつまでもこれだと前には進めない。
一緒に食べ始めたというのに、駿の方はすでにほとんどを平らげていた。花凛の方は半分くらいしか食べていないが、今がチャンスだろう。
花凛は、思い切って思いを口にした。
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