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「僕は花凛と同棲はしない」
「……」
「同棲なんてしなくても……」
「もういい」
駿の言葉を、冷たい声で遮った。駿が何を言おうとしていたのか、もうどうでもいいと思った。
答えは出たのだ。駿には花凛と一緒に暮らす意思はない。
十一年、変わらずにいたつもりだった。しかし、どこかですれ違っていたようだ。それに気付けなかった。
花凛は時計を見る。もう地元に帰る手段はなかった。駅前まで出れば、ネットカフェなど一晩くらい過ごせる場所はあるが、そんな元気もなかった。
「片付けてから、もう寝るね」
花凛は立ち上がり、テーブルを片付け始める。駿はそれを手伝おうとしたが、花凛は断った。
駿が困ったように立ち尽くす。言葉を発しようとするが、口を噤む。
今、何を言っても聞いてもらえないと思っている。それは正解だ。今何を言っても、花凛の耳には届かない。駿はそれをよくわかっていた。
花凛は手際よく片付けを終え、シャワーを借りる。いつもなら、二人一緒にベッドで眠るところだが、さすがにそんな気になれない。
「花凛、僕はソファで寝るから」
「……うん」
花凛がソファで寝るといっても、絶対に聞かないだろう。それはわかっているので、ありがたくベッドを使わせてもらうことにする。
駿と言葉をかわす元気も気力もない。これ以上、悲しい気持ちになりたくなかった。
花凛はベッドに横たわり、布団を被る。そして、ぎゅっと強く瞳を閉じた。
止め処なく涙が零れてくる。嫌なのに、どうしても止まってくれない。
花凛は諦めたように目を開け、駿には聞こえないように、声を殺して泣いた。
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