第一部 一話 深夜ラジオ

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第一部 一話 深夜ラジオ

窓を叩く雨音が強くなってきた気がする。 時刻は深夜1時に近づこうとしている。 夕方からポツポツと降り出した雨は、今ではサーサーという雨音が室内まで聞こえるほどになり、さらに先程から風も強くなってきたようで、時折バタバタッと窓に雨が打ちつけてくる。 四月に入ったというのに最近やけに冷えることが多い。 寒の戻りというのだろうか。 「…………」 モニターに目を戻し、BGMとして再生していたYouTube動画を停止して、ラジオアプリを起動する。 お気に入り登録の一番上にあるラジオ番組のタイトルをクリックする。 深夜1時ジャスト。 番組が始まった。 タイトルコールの後、お気に入りのラジオMCの低い声がスピーカーから滑りだしてきた。 MC男性「はい。今夜も始まりました。毎週金曜の夜にお届けする怪奇な番組『怪談ナイト』のお時間です。進行を務めさせていただくのはわたくし、怪談蒐集家の近藤ジローと」 MC女性「民明放送アナウンサーの小林明美です!」 ジロー「えー、今週も先週から引き続きで、リスナーさんから投稿されてきた怖い体験談をお送りしていくわけなんですが、その前にですね、先週の放送で反響が大きかったヤツ、というのがありまして」 小林「はい。それがリスナーネーム麦かぼちゃさんから送られた、心霊写真についての体験談でした」 ジロー「ちょっとその体験談をかいつまんで説明してくれますか?先週の放送を聞いてなかった人もいると思うので」 小林「はい。えーと麦かぼちゃさんから投稿されてきたのは、麦かぼちゃさんのお爺さんがやってらっしゃった写真館にまつわるエピソードで、お爺さんが亡くなって遺品を整理していたら、心霊写真を大量に詰め込んだ大きな箱が出てきたというお話でした」 ジロー「その箱の中身は全部心霊写真だったんだよね?」 小林「はい。麦かぼちゃさんのお爺さんが長年やってらっしゃった写真のお仕事の中で、偶然撮れちゃった心霊写真を無造作に放り込んだような、もう何百枚っていう心霊写真が大量に出てきたと」 ジロー「それだけでも結構な恐怖だよね笑」 小林「はい笑。それでその中から何枚かを番組宛に送っていただいて、それを番組のツイッターで投稿したところ、深夜の生放送にも関わらずえらい騒ぎになっちゃった、というのが先週の放送ですね」 ジロー「リスナーの皆さんも見たと思うんだけど、写真全部わかりにくいんだよね。影だったり光だったり、手とか足が無かったり。パッと見てあれ?これ心霊写真?みたいな笑」 小林「ところがですよ。写真をツイッターにアップした直後から、リスナーさんの一部の方から「本物だ本物だ」って書き込みが相次ぎまして」 ジロー「そうなんだよね。俺も正直わからなかったし小林さんもわからなかった。でもリスナーさんの中にはわかっちゃう人がいたらしくて、ここに写ってるぞと」 小林「番組終了後も反響がすごくて、一週間で2万リツイート以上。番組史上初の伸び率ですって」 ジロー「それでですね、実はこの話、続きがありまして、先週の放送後、麦かぼちゃさんにメールを送って、今でもやりとりが続いてるわけなんだけど、それがまたすごい話なんですよ」 小林「と、言いますと?」 ジロー「実は、というか当たり前というか、麦かぼちゃさんも箱の中の写真を全部見たわけじゃないらしいんですよ。まあ怖いんで当然だよね。それで友人の何人かに相談をして、皆で見てみようとなった」 小林「先週の放送の後に?」 ジロー「そう。番組中の反響が大きかったのと、ツイッターの書き込みで本物だって指摘があって、やっぱり怖くなっちゃって、それで友達に相談したと」 小林「なんで皆で見るって話になったんですか?」 ジロー「いや、そこは俺もよくわからない笑。まあとにかく見ることになったらしいんですよ。それで皆で箱を開けて、ワイワイやりながら見てたと」 小林「うわー。なんかヤバい感じ」 ジロー「交代で何枚かめくっていくうちに、明らかに周りの空気が変わっていく感じがして、なんだか寒くなって。そのうちに、誰も写真に手を伸ばさなくなった」 小林「う…」 ジロー「それで皆黙っちゃって、もうやめようとなった。それが日曜日の話」 小林「放送の2日後ですか」 ジロー「そう。それでまた番組宛にメールが来て、こんなことになりましたと」 小林「なるほど。それで凄い話っていうのは……」 ジロー「ここから。スタッフから俺のところに麦かぼちゃさんのメールが回ってきて、それで俺が直接やりとりすることになったのよ。最初はメールで、電話でも何回か話したけど、麦かぼちゃさん、女の子だった。都内の高校生だって」 小林「いいんですか?そんなことバラして」 ジロー「大丈夫大丈夫。本人から了解もらってるから。それで月曜日、学校が終わってから、写真を見た皆でお寺に行ったらしいのね。心霊写真が入った箱を持って」 小林「ほうほう」 ジロー「お姉ちゃんが運転する車に乗って皆で行ったと。それでお寺の駐車場に車を止めて、事務所みたいなところに行ってインターフォンを押した。出てきた人に事情を説明して、住職さんなのかな、お坊さんが出てきてくれた」 小林「ほう」 ジロー「事情を説明して、お坊さんも一緒に車に戻ってトランクを開けた時に、お坊さんが「うわっ!」と叫んで飛びのいちゃった」 小林「ええ…」 ジロー「それでお坊さんが凄い勢いでトランクを閉めたんだって。バーンって閉めたからお姉ちゃん怒ってたらしいよ。まあそれはいいんだけど、とにかく閉めちゃった」 小林「何か…あったんですかね。怖いものが見えたとか」 ジロー「そうなの。それで麦かぼちゃさん、お坊さんに「お引き取りください」って言われたと」 小林「ええー……それってつまり……ヤバイからってこと?」 ジロー「そうそう。なんでか聞いてみたけど、「ウチでは無理」の一点張り。他のことは答えてくれない。それで、追い出されるみたいな感じで帰ってきたんだってさ」 小林「あらー」 ジロー「麦かぼちゃさん達もパニックで、どうしようどうしようってなって、その日の夕方にまたメールが来た。俺のところに直接ね。明らかにパニクってる感じだったんで、その時初めて電話したのね。それでお寺での出来事を聞いて、それからはほぼリアルタイムでやりとり。その後の展開も全部すごいのよ」 小林「うわー……ということは、ジローさんも当事者?」 ジロー「いや、俺は電話とかLINEでやりとりしてるだけだから当事者かどうかは微妙だけど、まあこの一週間は結構な割合でやりとりしてるね」 小林「いい年した大人が女子高生とLINEですか」 ジロー「そうなの。凄いでしょ笑」 小林「そんなことはどうでもいいですよ笑。続きは?」 ジロー「なんだそれ笑。自分から言っておいて笑。まあいいや、それでお寺から帰って来て、皆とはその日は解散した。それでどうしたらいいかって俺に聞いてきた」 小林「どうなったんです?」 ジロー「んー。俺もそんなの適切な指示とかできないからさ、とりあえずそのお坊さんの話を聞いてみたいよねって言って、お寺に電話してもらったのよ」 小林「まあ、そうですよね。そのお坊さんが何を感じたのか、わからないとあれですし」 ジロー「でね、しばらくしたらまた電話が来て、お坊さんと話した内容を聞いたのね」 小林「はい」 ジロー「その話をラジオでしてもいいか聞いたらOKだって言うんで、ちょっと今、電話を繋いでもらってるんですよ」 小林「え?…電話…って…麦かぼちゃさんと?」 ジロー「そうそう」 小林「聞いてないですよ」 ジロー「言ってないからね。まあとにかく繋いでもらってるんで、スタッフ準備できてる?OK?それじゃ繋いで……。麦かぼちゃさん、聞こえますか?」 少女「……はい、聞こえます」 小林「あらー」 ジロー「麦かぼちゃさん、今晩は、近藤ジローです」 小林「今晩はー」 麦かぼちゃ「はい…あの……今晩は…」 ラジオから流れ出てきたのは、私と同じ年くらいの女の子の声だった。 消え入りそうな弱々しい声だ。 きっと根暗なタイプに違いない。 高校生と言っていたから、同世代なのは間違いない。 私は高2で、麦かぼちゃさんは何年生なんだろう。 同い年くらいの女の子がラジオに出て喋ってる。 そこにちょっとした憧れを感じてしまう。 もっとも、私は怖い体験なんてしたくないけど。 ジロー「今までの放送は聞いてたよね?」 麦かぼちゃ「あ…はい…聞いてました」 ジロー「お寺に行ってお祓いを断られて、それでその夜お寺に電話してもらったじゃない?その時の電話の内容を教えてもらえますか?」 麦かぼちゃ「はい…あの…えーと…お寺…の名前は知ってたので、ネットで電話番号を調べて、電話をかけました。そしたら昼間に会った人が電話に出て、写真を断られた者ですって言ったら、ああーってなって…」 ジロー「怒ってる感じ?」 麦かぼちゃ「いや…怒ってる…って感じじゃなくて…困ってる?…みたいな…嫌そうな感じで…」 ジロー「それで、なんで断られたのか、理由だけでも教えてくれって頼んだんだよね?」 麦かぼちゃ「はい…それでも最初はなかなか教えてくれなくて、どうしたらいいのか、本当に怖いし困ってるので、どうすればいいのかだけでも教えてって頼んで、そしたらようやく、高頼寺ならなんとか出来るかもって言われたんです」 ジロー「その高頼寺っていうお寺のことは知ってる?」 麦かぼちゃ「いえ…全然」 ジロー「高頼寺っていうのは京都にある結構有名なお寺で、人形供養とか心霊写真のお焚き上げとかを昔から引き受けてる、こういうのに強いお寺なんだよね。だからそこへ行ってみろってことなんだと思うんだけど、それで、その他には何か言われた?」 麦かぼちゃ「はい…あの…箱…なんですけど、地獄だって、言ってました」 ジロー「地獄?」 麦かぼちゃ「はい」 ジロー「箱の中が地獄みたいになってるの?それとも地獄と繋がってるみたいな感じ?」 麦かぼちゃ「多分、地獄みたいになってるってことです。心霊写真が何枚もあって、それで何十年も経っちゃってるんで、箱の中は小さい地獄みたいになってるって」 ジロー「心霊写真の中でもヤバいやつってのは、持ってるだけでも危険というか、祟りとか障りがあるんで、普通はお寺とかに持って行ってお焚き上げしてもらうと思うんだけど、それが何もしないまま何十年も積み重なった状態で放置されてて、箱の中の霊がいい感じに熟成しちゃってると、多分そういうことなんだと思う」 麦かぼちゃ「はい、そんなようなことを言ってました」 小林「ちょっと待ってください。霊って熟成するんですか?」 ジロー「食べ物みたいな熟成じゃないよ?霊って霊体同士でくっついたりするから、それで箱の中に何年も閉じ込められてた心霊写真の霊達が混ざっちゃったんじゃないかなってこと」 小林「貞子vs伽倻子のラストみたいに?」 ジロー「そうそう。それで話を戻すけど、麦かぼちゃさんはウチでは無理だから京都の高頼寺に持って行けって言われたと」 麦かぼちゃ「はい、それと……ええと……」 ジロー「はい。なんでしょうか」 麦かぼちゃ「ラジオのツイッターに写真を載せたのを滅茶苦茶怒られました」 ジロー「あー笑。まあそうだよね。そんな危険なものをネットで拡散するなんてお坊さんとしては許せないよね」 小林「でもネットにアップしたのはウチのスタッフですし、麦かぼちゃさんが怒られるのはどうかと」 ジロー「そうなんだけどね。そこはまあ仕方ない。それで麦かぼちゃさん、これは答えられる範囲で構わないんだけど……」 麦かぼちゃ「はい」 ジロー「麦かぼちゃさんの周りで変なことは起きてる?心霊現象的なやつ」 麦かぼちゃ「いえ、全然」 ジロー「リスナーさんからのメールや書き込みで、アップした写真に霊が写ってるって指摘が結構あったんだけど、それ以外の、例えば変なことが起きたとか、そういう話は上がってこないね」 小林「そうですねー。これといって報告もクレームもないですし、今のところ何も起きてないですね」 ジロー「ということはだよ?そのお坊さんが適当なことを言ってる可能性もあるわけだ」 小林「ええ?そんなこと…ありえます?」 ジロー「だってそうじゃない?現状では何も起きてないわけだし。いや、心霊写真自体は本物だったとしてだよ?本職のお坊さんがそんなにビビるようなモノなら、もっと何かあってもいいような気がするんだよね」 小林「それは、たまたま送ってもらった写真が、割と軽い部類の心霊写真だっただけかもしれないですし。箱を見たらジローさんも、うわってなるかもしれませんよ?」 ジロー「まあそうなんだけどね」 小林「ジローさんとしては、そんなにヤバい写真なら他にも祟りとかあるはずだと」 ジロー「そうそう。だって見ただけでお坊さんが逃げ出すようなすっごい霊が憑いてるんでしょ?何もしない大人しい霊ならそんなにビビらないよ」 小林「うんん……まあ…たしかに…」 ジロー「麦かぼちゃさんは箱の中の写真を今まで何枚ぐらい見たの?」 麦かぼちゃ「30枚…くらいだと思います」 ジロー「何か身の回りで起こった?麦かぼちゃさんだけじゃなくてお友達も」 麦かぼちゃ「いえ全然。私も何もないですし、友達からも何も聞いてないです」 ジロー「ところで、お友達はこのラジオ聞いてるの?」 麦かぼちゃ「はい、聞いてると思います」 ジロー「なるほど、お友達やお姉さんも含めて、麦かぼちゃさんの身の回りで何か変なことが起きたら教えてね」 麦かぼちゃ「はい、もちろんです。それで…あの…」 ジロー「なんでしょう?」 麦かぼちゃ「これからどうすればいいですかね」 ジロー「んー、思い切って京都に行ってみるか、または俺の知り合いに鑑定士みたいな人がいるから、とりあえずその人に写真を鑑定してもらうか、どっちがいい?」 麦かぼちゃ「できればすぐに見てもらいたいです。京都に行くにもお姉ちゃん…姉が仕事を休める日じゃないと行けないので」 ジロー「まあ俺が連れて行ってもいいんだけどね。麦かぼちゃさん未成年だし、ご家族と一緒のほうがいいよね」 小林「絶対ダメですよ。番組的にアウトです」 ジロー「何がだよ笑。まあいいや、じゃあとりあえず見てもらうということで、その人に連絡してみるから、ちょっと一旦CMで」 小林「ええ?今から連絡するんですか?深夜だし、本番中ですよ?」 ジロー「いいんだよ。どうせ起きてるし。それにそのほうがリスナーさんも楽しいでしょ?こんなことで来週まで待たせるのはつまらないって」 小林「う…じゃ、じゃあここで一旦番組からのお知らせをお送りします!麦かぼちゃさんもリスナーさんもそのままでお待ちください!番組はまだまだ続きます!」
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