第一部 二話 悪ノリ

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第一部 二話 悪ノリ

ラジオがCMに変わり、地元の中古車販売店の広告が流れてくる。 「…………」 ジローさん、自由だな。 ジローさんはたまに思いつきで番組内容を変更して小林アナを困らせることがある。 ラジオを聴いている側としては楽しくていいのだが、小林アナの苦労人ぶりが伺えて少し可哀想に思う。 過去に何度か、ジローさんのあまりにも無茶な提案に小林アナが本気で怒っている放送回があって、明らかにテンションの低くなった小林アナを尻目にジローさんがマイペースに放送を続けるという、聞いているこちらがドキドキしてしまうことがあった。 そういう回は人気で「激おこ小林アナ」というタイトルでyoutubeにまとめて上がっている。 「…………」 結局、写真は本物のなのだろうか。 私もツイッターにアップされた写真は見た。 他の人達が言うみたいに霊が写ってるように見える写真もあったけど、そう言われるとそう見える…かな?程度のものだった。 ジローさんが言うみたいに、もしかしたら大したことない写真ばっかりの可能性もあるのだろうか。 「…………」 どんな感じなのかな。 お爺さんの遺品の中から心霊写真が詰まった箱が出てくるなんて、まるで漫画みたいだ。 麦かぼちゃさん、私と同世代の女の子。 もしかしたら私にも、ある日突然、異世界の扉が開くような、不思議との出会いがあるかもしれない。 ふと思い浮かべた子供みたいな夢想を自分で笑う。 「…………」 馬鹿か私は。 そんなこと本当にあるもんか。 だけど麦かぼちゃさんは……。 いやでも怖いのは嫌だ。 心霊番組は必ず観るし友達とふざけて心霊スポットに行ったこともある。 でも実際にオバケを見たいわけじゃない。 不思議との出会いなんて妖精や魔法使い以外はごめんだ。 「…………」 深夜のテンションでどうしても子供じみた妄想に意識が向いてしまう。 不意に窓の外にバタバタっと雨が打ちつけてきた。 外は風がだいぶ強くなっているらしい。 窓が風に押されてかすかに揺れている。 割と古いマンションだから、窓の建てつけも幾分か緩んで来ているのかもしれない。 明日お父さんに相談してみよう。 最近になってようやく普通に接することができるようになった父と会話するきっかけになる。 そんなことを考えていたら、ラジオから小林アナの声が聞こえてきた。 小林「えーここで2人目の緊急ゲストさんと電話が繋がっています。ジローさんのお友達の、えっと…神楽坂右京さんです!神楽坂さん、今晩は~」 右京「あ、どうも、美術品鑑定士の神楽坂右京です」 ジロー「えーと、神楽坂さん、まあ右京さんでいいか、右京さんとは何度か心霊番組でご一緒させていただいて、関西のローカルで半年くらい一緒にコメンテーターやってたのかな?まあそういうお友達です」 小林「なるほど。それで右京さん…は美術品鑑定士ということなんですが、心霊写真にもお詳しいということですか?」 右京「まあ、そうですね。仕事柄色々な美術品とか骨董品とかを扱ってまして、中にはそういう関連の品も結構あるので、必然的に詳しくなってしまった、という感じですね」 ジロー「今じゃ美術品の鑑定よりも心霊系の方が多いよね笑」 右京「たしかに笑。でも本業もちゃんとやってますよ。来週からフランスに行ってくるんで」 ジロー「ほう、美術品関係?」 右京「そう。毎年この時期にオークションが開かれるから、それに参加してきます。日本に戻ったら即売会やるんで来てくださいよ」 ジロー「いやいや笑。俺にはお高い美術品は無理笑」 小林「ジローさんは芸術ってよりも怪談ですからね」 ジロー「どういうこと?」 小林アナ「なんと言いますか、こう、ドロっとしてるっていうか」 ジロー「失礼なやつだな笑。怪談だって芸術だよ?まあいいや。それで右京さん、さっきの放送聞いてました?」 右京「すいません。聞いてませんでした笑」 ジロー「だよね。簡単に説明するけど、この番組のリスナーさんからの相談で、お祖父さんの遺品の中に心霊写真を大量に詰め込んだ箱があったと」 右京「ほう」 ジロー「お祖父さんは生前、写真館をやってた人で、自分でも色々な所に行って写真を撮るような人だった。それでお祖父さんが撮った写真っていうのが一杯あるわけなんだけど、見つかったその箱には心霊写真だけが溜め込まれていたと。なぜか心霊写真ばっかりね。もしかしたら後でまとめて処分するつもりだったのかもしれないけど、結果としてお炊き上げも供養もすることなく今まで放置してた心霊写真が大量にあると」 右京「なるほど。それだけでゾクゾクしますね」 ジロー「するでしょ?これ全部本物だったら面白いと思うんだよね」 右京「お寺とかには持ちこんだりしないの?」 ジロー「それが持ち込んだんだけど断られちゃった。箱の中で霊が混ざり合って地獄みたいになっちゃってるんだって」 右京「なにそれヤバイやつじゃん笑。そんなの俺に見せようとしてるの?」 ジロー「うん。好きでしょ?」 右京「いや、好きだけどさあ、大丈夫なの?」 ジロー「全然わからない。番組のツイッターに何枚か投稿したら、リスナーさんから本物だって指摘が結構あって、それで他の写真も右京さんに鑑定してもらいたいなと」 右京「その段階ね、なるほど。まあいいけど、ヤバそうだったらやめますよ?」 ジロー「うん、それでいいよ。安全第一で。それで、右京さん、いつだったら大丈夫?」 右京「来週フランス行っちゃうんで今週中ですね。変なもの見て体調崩しても困るんで、明日とか明後日とかは?」 ジロー「俺は大丈夫。右京さんちょっと待っててね。麦かぼちゃさん、聞いてるよね?」 麦かぼちゃ「あ…はい…聞いてます」 ジロー「明日か明後日に写真を見せてもらう感じで大丈夫?」 麦かぼちゃ「大丈夫です。ほんとに怖いんで、明日来てもらえるなら…」 ジロー「じゃあ決定ね。明日の18時ぐらいに伺うということで、右京さん大丈夫?」 右京「うん。OK」 ジロー「ということで、ですね…ん?…ちょっと今…スタッフから合図が来て……ちょっと待ってね……うん、うん…OK…えーと……小林アナ、お願いします」 小林「はい……えーと……ここで番組からのお知らせです。明日の夕方、YouTubeで緊急ライブ配信を予定しています。麦かぼちゃさんのお家にお伺いするのではなく、スタジオの方に写真を箱ごと持ってきていただいて…もちろんスタッフが取りに伺います…それで、右京さんの鑑定をライブ中継すると…」 右京「マジ?」 ジロー「いいじゃん。面白そうじゃん。麦かぼちゃさんのお家にも迷惑かからないし」 右京「それで何もなかったらやばくない?」 ジロー「それはそれでいいじゃん。安心してツイッターに載せるよ」 右京「逆に何かあっても載せるんでしょ?笑」 ジロー「そうそう笑。だから明日は張り切って鑑定して下さい」 右京「えー……中継かー…」 ジロー「大丈夫大丈夫。これで麦かぼちゃさんも安心でしょ?」 麦かぼちゃ「え?……あ…はい……」 ジロー「詳しいことは番組終わってから連絡するから。大丈夫?」 麦かぼちゃ「はい…よろしくお願いします」 ジロー「じゃあ決まりですね。明日右京さんに鑑定をしていただくことになりました。それでその様子をネットで生中継すると……できるの?…できる?…大丈夫なのね?……OK?……えーと……決定だそうです。明日18時からYouTubeとニコニコ生放送で生中継をします」 小林アナ「詳細は番組ホームページに掲載されます。この際にぜひ番組公式YouTubeチャンネルをチャンネル登録お願いします!」 ジロー「はい。ということで今夜もそろそろ番組終了のお時間がやってきました。なんだか面白いことになってきたので、皆さんぜひチャンネル登録をお願いします」 小林アナ「本日のゲストは相談者の麦かぼちゃさんと美術品鑑定士の神楽坂右京さんでした!」 ジロー「麦かぼちゃさん、ありがとうございました。明日よろしくね」 麦かぼちゃ「はい…あの……よろしくお願いします」 ジロー「右京さんもいきなり電話してすいませんでした」 右京「大丈夫です」 ジロー「明日よろしくお願いします」 右京「はい。よろしくお願いします」 ジロー「それでは、毎週金曜日の怪奇なラジオ「怪談ナイト」今夜はここまでです。また来週!その前に明日のライブ配信もお見逃しなく!」 小林「さよならー!」 エンディング曲が流れて番組が終了する。 「…………」 凄いことになった。 長いこと怪談ナイトを聞いてきたが番組翌日の緊急ライブ配信など前代未聞だ。 「…………」 ジローさん、自由すぎるよ。 いや、ジローさんもスタッフから聞いたみたいだったし、番組のスタッフさんも相当ぶっ飛んだ人達なのだろう。 明日の18時。 土曜日だから特に予定もない。 明日はどこにも行かないで、万全の体制でライブ配信を見よう。 スマホがヴヴヴと震えた。 LINEが数件、一気に来たようだ。 送り主は長田日菜。 クラスで怪談ナイトを聞いているのは私と日菜だけだ。 日菜もラジオの展開に興奮して連絡してきたのだろう。 番組の感想の後に「明日どうする?」とあった。 もちろんライブ配信を見るつもりだ。 「ウチで一緒に見よう」と送ったら即座に了解の返事が来た。 モニターでは番組ツイッターのタイムラインがものすごい勢いで流れていく。 先週に続いてお祭り騒ぎだ。 窓の外では風が猛烈に窓を打ち付けてくる。 台風みたいだ。 もし大型の台風が来たら、ウチの窓は持ちこたえられるだろうか。 そんなことを考えながら日菜としばらくLINEして、深夜3時になる頃には眠りについた。 「お父さん昨日ね、窓が風で揺れてさ、うるさくて寝てられないから、あとでちょっと見てくれない?」 「んー?昨日は風なんて吹いてなかったと思うけどなあ」 「えーめっちゃ吹いてたじゃん。雨と風がすごくて寝られなかったよ」 本当は寝てなんていなかったが、そういうことにしておく。 「愛梨、怖い夢でも見たんじゃないか?昨日は雨なんて降ってない。お父さん夜中まで起きてたけど、窓から満月が見えたよ?写真撮ったんだから、ほら」 そう言って父がスマホの画面を見せてくる。 父の手の中のスマホ画面には、画面いっぱいにズームした満月が表示されていた。 「これ…昨日…撮ったの?」 「そうだよ?まあ昨日といっても日付は今日だけど」 「…………」 どういうことだろう。 スマホを取り出してLINEを起動する。 昨日の日菜とのやりとりが表示される。 「雨すごいね」 「ねー。明日には止んでるといいけど」 というやりとりが残っている。 「…………」 ツイッターを起動する。 怪談ナイトのタイムラインには次々に新しいツイートが表示されている。 「♯怪談ナイト 小林アナとは違う女の話し声が聞こえない?なにこれウチだけ?」 というツイートがリツイートされている。 「昨日の怪談ナイト、録音したやつを今聞いてるけど、ずっと唸ってる声がして超怖い。演出………だよね?」 「昨日の番組中、雨が凄かったと思ってたのに今朝家族に聞いたら昨日は快晴だったとのこと。なにこれヤバい怖い」 私と同じ状況の人も結構いるみたいだ。 ジローさんのツイートも何件かある。 近藤ジロー@怪談蒐集家「昨日の放送、改めて聞いたけどたしかに変な声が入ってる。スタッフによる演出ではないので心霊現象かも。確認できるまでYouTubeでの配信はしません」 近藤ジロー@怪談蒐集家「本日の右京さんによる鑑定ライブ配信は予定通り行います。閲覧注意!」 近藤ジロー@怪談蒐集家「なんか昨日の放送を聞いた人から心霊現象っぽい報告が続々と。。。これはマジかもしれないね」 近藤ジロー@怪談蒐集家「スタッフが麦かぼちゃさんの自宅に到着した模様。これから心霊写真をスタジオに運びます!」 近藤ジロー@怪談蒐集家「念のため右京さんの他に勧請院互秋さんという霊能者さんが来てくれることに。もしかしたらライブ配信中に何か起きるかも(O_O;)」 最後の絵文字……。 ジローさん、めっちゃ楽しいんだろうな。 ヴヴヴとスマホが震えて、受信したLINEメッセージが表示された。 日菜からだ。 メッセージを確認する。 「きのう雨ふってなかったって」 それだけしか書いてない。 日菜はこの騒ぎを知っているのだろうか。 「私もお父さんに言われた」 「日菜は怪談ナイトのツイッター見てないの?」 「なんかヤバそう」 立て続けに送ったらすぐに既読がついた。 返信がないのはツイッターを確認してるのだろう。 しばらくして「今日どうする?」と送ってきたので「もちろん見るよ!」と返した。 了解のスタンプを送ってきたので日菜も予定通り来るだろう。 「…………」 何が起きてるんだろう。 本当に心霊現象なのかな。 昨日雨が降っていたのは間違いない。 日菜も同じことを言ってるし、ツイッターでも同様の書き込みは多い。 ふと窓の外にいるナニかが、窓枠を掴んでガタガタと揺らしているのを想像してゾッとした。 ブルっと震えた体を抱くように両腕をさする。 あの時、窓の外には雨雲があったのか、あるいは窓を開けようとするナニかがいたのか。 「…………」 ツイッターを見る。 録音したラジオに変な声が入ってるとか、雨だと思ったら違ったとか以外にも、おかしな現象が起きた報告がいくつかあった。 パソコンの電源が落ちて入らなくなったとか、何もしていないのにスマホの画面にヒビが入ったとか、無言電話がかかってきたとか、そういうよくある噂みたいな心霊現象もある。 「…………」 本当…なのだろうか。 ジローさんも本物かもしれないって言ってる。 今日のライブで何か起きるかもって。 「…………」 あらためて両腕をさする。 見ないという選択肢もある。 怖いなら自分で見ずにツイッターやネットの反応を見るだけでもライブ配信の内容はわかるはずだ。 「…………」 いや。 見ないわけがない。 何が起きてるのか。 あるいはなにも起きないのか。 確かめないわけにはいかない。 こんなに面白いことが起きてるのに、怖いからって祭に参加しないのはホラー好きの名折れだ。 もしも本当に何かが起きて怪談ナイトが伝説になるなら、私もその瞬間に立ち会いたい。 そんな経験、普通なら絶対にできない。 私も異世界の扉を開くんだ。 17時半に日菜がやって来た。 怪談ナイトのライブまであと30分。 日菜が買ってきてくれたお菓子代の半額を日菜に払って、用意していた紅茶を淹れる。 お父さんは出かけていないから、戸締りは念入りにチェックして、トイレも済ませて万全の体制でパソコンでYouTubeを立ち上げる。 怪談ナイト公式チャンネルを開いておき、ツイッターを確認する。 他のみんなも私達と同じように待機してる。 予定の18時を少し過ぎたところで、ライブ配信が始まった。
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