第二部 五話 この悪夢は現実です

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第二部 五話 この悪夢は現実です

一体何がどうなっているのか。 予定より少し遅れて開始した生放送は1時間も持たずに中止となった。 派手にぶっ倒れた勧請院さんの容体を確かめる。 机にぶつけた拍子だろうか、結構な量の鼻血が出ている。 倒れ込んだまま動かない勧請院さんの肩を揺する。 右京さんは何もせずに見ているだけだ。 こういう時はどうしたら……。 小林アナが勧請院さんを手早く抱き起こして上を向かせている。 反応早いね。 その対応であってると思うよ。 などとたわいもない考えが頭をよぎる。 突然の事態に思考停止しているのが自分でもわかる。 「救急車呼んで!早く!」 どうにかそれらしくスタッフに指示を出す。 何人かがスタジオから出て行くのが見えた。 ディレクターの阿部ちゃんが駆け寄ってきた。 「ジローさん、大丈夫ですか?」 「わからん。勧請院さん頭打ってるからとりあえず救急車急いで。それに大丈夫な訳ないよね。この事態。番組どうなってる?」 「カメラ止めましたんで、今は何も映ってないです」 「違う違う。YouTubeの方はどうなってるの?まさか真っ暗な画面のまま?」 「いや…確認します。すいません」 「うん。とりあえずこっちは大丈夫だから、そっちの方よろしくね」 はいと言いながら阿部ちゃんが立ち上がる。 普段は優秀な男だがいかんせんまだ若い。 俺よりもテンパっているのが見てわかる。 「小林さん、救急車来るから勧請院さん連れて行ってくれる?」 「はい…わかりました……はい」 小林さんも限界だろう。 目の前の勧請院さんに集中しているのは怖さを紛らわす為もあるか。 「ジローさん!」 部屋の隅で阿部ちゃんが叫んだ。 顔を向けると阿部ちゃんが真っ青な顔して駆け寄ってきた。 「カメラ止まってません……映ってます……」 変なこと言うから少しキレた。 「じゃあ止めろよ!何やってんの」 「違うんです…違うんです………映ってます……」 「止めないとリスナーさんがざわつくでしょ。こんなアホみたいな絵面映してどうすんのよ」 「ジローさん…ヤバイっす…モロに映ってます」 「だから止めろって!!」 「見てください……顔……顔なんです……」 そう言ってスマホを俺に見せる。 放送を確認するためのスマホには、まさにさっきのまま誰も映っていないスタジオが表示されている。 その中に黒い靄がかかって…… 「………うわっ!」 思わず阿部ちゃんの手を払いのける。 顔だ。 女の顔。 画面を埋めるほどの大きさで。 なんだこれ? 心霊?心霊写真?いや映像?マジ?見てるの?みんなこれ見てる? 一瞬で頭が真っ白になって様々な単語が脳裏をよぎる。 「もう一回見せて」 阿部ちゃんが再びスマホをよこす。 画面を確認する。 今度は覚悟して冷静に。 「うわ……」 映ってやがる。 女の顔。 無表情に。 何かを喋ってるように口をパクパクさせている。 しっかりとカメラを、俺を見てるのか? これリスナーさん全員が見られてるとしたら。 「…………」 スマホ画面でコメント欄が非表示になっている。 どうやって表示させるんだっけ。 「コメントどうなってる?」 部屋の隅に設置したパソコンに向かう。 スタッフは勧請院さんの救護や救急車の手配で、誰もパソコンの前にいない。 急いでパソコンの前に行き、YouTubeの画面を開いてコメントを確認する。 「映ってる!」「マジなやつです」「雨がすごい」「はいはい嘘嘘」「超怖いんだけど」「マジ心霊キター!」「小林アナ泣いてた」「自殺衝動がやばい」「うおおおお!!」「涙が止まらない」「演出でしょ?DVDにするための仕込みだよ」「さっきからスマホがずっと鳴ってるよ。送信元不明/(^o^)\」「死にたい死にたい死にたい死にたい」「ジローまじやりすぎ」「生配信見てた友達と連絡つかないんだけど」「かんじょういん大丈夫?」「このドタバタも台本通り?」「わたしたちはあしたしにますとびおります」「ちょっとマジで怖いんだけど」 「…………」 凄まじい数のコメントが流れていく。 これを仕込みだと思ってる奴もいるみたいだ。 でも死にたいってのはヤバイ。 もし万が一、頭のおかしい奴がこれ見て自殺でもしたら。 「…………」 やっちまった。 これ大問題だろ。 よくて炎上。 悪ければ何か責任取らされるかも。 ふとコメントの流れが止まった。 何かあったのかと画面を見ると大きな顔や人影が消えていた。 「…………」 消えたのだろうか。 どうする? このままブチ切りで番組終了はまずい気がする。 何か言わないと。 カメラを見る。 赤いランプが点いてる。 間違いなくあのカメラが撮影している。 「…………」 ゆっくりとカメラの前に立つ。 手の中のスマホを見ると俺がしっかり映っている。 怪しげな影はない。 カメラを見る。 「えー……皆さん今まで見てたと思いますが……」 何を言えばいい? 言葉が出てこない。 そういえば右京さんどこ行った? 俺一人かよクソ。 どうすれば。 「とりあえず勧請院さんは頭を打っていたので救急車を呼びました。小林アナが付き添って、早ければもう救急車に乗ってるかもしれません」 ああクソ。 クソクソクソクソ!! なんでこんなことに。 「えー…皆さんが見ていた顔……ですね……間違いなく顔だったと思いますが……あー……こちら側の演出ではありません……まったくのイレギュラーで……まあ要するに心霊現象……です」 とりあえず言わないといけないことはなんだ? 「それでコメントの中に……死にたいとか、衝動とか、そういうのがあったんですけども……えー……霊のせいでそういう感情が引き起こされるっていうのも……まあ……ないわけじゃないと思うんで…もしもそういう感情が出たらすぐにYouTubeを閉じてください。この配信も今度こそ終わらせますんで、詳しいことはまた追ってご連絡しますけど、とにかくすいません。変なことが起きるかもしれないので、皆さん充分に注意してください」 カメラの後ろに回り込んで録画・停止ボタンを押す。 赤いランプが消える。 スマホを見ると、配信は間違いなく終わっていた。 カメラの電源コードを抜く。 これで二度と録画にはならないだろう。 ふうとため息をつく。 「ジローさん、すいません」 阿部ちゃんが頭を下げながら近寄ってきた。 「いや大丈夫大丈夫、ごめんね怒鳴っちゃって」 「いえ……」 「しかしヤバイね。どうなるんだろこれ」 「まだネット見てないですけど、間違いなく炎上ですよね」 「うん。まあ炎上自体はいいんだよ。ただリスナーさん周りで変な現象が起きちゃうと困るよね」 「はい……そうなると…俺らどうなりますかね?」 「わからん。責任取れとか言われても困るけど、まあ俺のところに来るだろうね」 「もうすでに俺のケータイ鳴りっぱなしですよ。全部ウチの社長と局の人間からですけど」 その言葉に霊的な怖さの他に、社会的な面倒くささが頭をもたげてくる。 「あー……」 思わず頭をかく。 「右京さんどこ行ったんだ?あのヤロー」 もちろん右京さんに落ち度はないが、苛立ちをぶつける相手が欲しかった。 「やべーなこれ…………」 阿部ちゃんと二人きりのスタジオでため息をつく。 とにかく今は喉がカラカラだ。
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