第2章 野薊

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■21 「に、妊娠!?」  私は叫んだ。叫んでしまってから恥ずかしくなって口を押えた。……どういうことだ。その発想は出てこなかった。『50代の女性』と『妊娠』というワードは、なかなか結び付かない。 「50代の女性が妊娠って……あり得るんですか」  私は『妊娠』の部分をちょっとだけ小声で行ってみた。店内には私とトウノさん以外の人間がいないのにもかかわらず。 「不可能ではありません。閉経していなければ」  トウノさんは特に恥じらう様子はない。 「じゃ、じゃあ犯人は、上郷さんが妊娠したから、殺したってことですか」 「まだ仮説です。でなければ、胴体部分だけが見つからない理由がわかりません。おそらく、今でも上郷さんの遺体には胎児の……」  トウノさんはそこで口を閉じた。私はだいぶ深刻な表情をしていたのだろう。 「……すみません。あまり愉快ではない話題でしたね」  私は、想像してだいぶ陰鬱な気持ちになっていた。 「上郷さんは手が切り離されただけで、上郷さんと赤ちゃんは無事っていう可能性は……」 「ないですね。腕の切断部位から生体反応はなかったそうですし」  申し訳なさそうな顔で即答されてしまう。生体反応ってなんだったっけ。ああ、生きた人間から切り落としたか、死んだ人間から切り落としたか、っていう話だったっけ。 「……ユウさん、大丈夫ですか。顔色真っ青ですよ」 「すいません。私、流産とか、赤ん坊が死ぬ話に弱くて」  自分でマウスの胎児を大量に殺してたくせによく言う。私は顔を伏せた後、顔を上げた。 「だけど、トウノさん、なんでわかったんですか」  上郷さんは、6本指の腕が見つかったきりで、行方不明の扱いだ。彼女が妊娠していたかどうかなんて、彼女に近しい人物しかわからないだろう。 「……産婦人科の知り合いに無理を言って少々頼みまして」  トウノさんは、言い辛そうに言う。 「産婦人科に、知り合い?」  私は首をかしげる。そこの中央病院のことだろうか。 「今は花屋ですけど、以前、あそこの病院で働いていたことがありまして」  トウノさんが首をかく。辞めた職場の話はやっぱり言いづらいのだろうか。 「病院で働いてたんですか?」 「ええ、以前は医者をしていました」
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