第2章 野薊

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■22  私はトウノさんをまじまじと見つめた。白衣を着ているトウノさんは容易に想像できる。 「ご存じの通り、医師はだいぶ忙しい職業で」  トウノさんが続ける。 「研修医時代に体を壊しちゃって。今は知り合いのツテで、ここで働かせてもらってるんです」 「そうだったんですか」  私は何と答えるべきかわからなかったのでそう答えておいた。対面の人物が、退職した理由を述べているときは、なんだか同情するような、可哀そうな、そんな気持ちになってくる。もっとも、私は普段逆の立場なのだが。 「それで、産婦人科のお医者さんと連絡を?」 「いいえ、看護師さんですね。世間話のついでに上郷さんの話が出まして。珍しいケースだったから印象に残っていたようです。もっとも、プライバシー保護の観点で、こういう話は本当だったら広めてはいけないんですが」  トウノさんが申し訳なさそうに言う。 「ユウさんも、故人のプライバシーは尊重してくださいね」  いい人である。 「わかりました」 「まぁもっとも、警察の人には話して、捜査には当たってもらうんですけどね……」  その時入店のベルが鳴って、店内にお客さんが入ってきた。トウノさんは、ぱっと私から目をそらす。 「いらっしゃいま……ああ、やっときたか」  トウノさんがいきなり砕けた口調になったので、私は振り向いた。そういえば、この店に来たのは、トウノさんが『会わせたい人がいる』と言っていたからだった。  そこにいたのは、久しぶりに会う顔だった。  制服は着ていないのに、一目で警官だと分かるスーツと顔つき。一瞬見ただけでは、男か女だかわからない体つきと顔つき。岸一さんだった。
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