第2章 野薊

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■23 「はー。これは珍しい組み合わせだな」  岸一さんが言う。 「タカナシさん。お久しぶりです」 「岸一さん」  私たちがあいさつすると、トウノさんはちょっとびっくりした顔をした。 「知り合い?」 「6本指の腕の第一発見者はタカナシさんだよ」  岸一さんが言うと、トウノさんは私を見た。 「そして、腕と遺体が別人のものだと見抜いたのも、タカナシさんだからな」 「へえ……」  トウノさんが感心したように私を見る。 「ユウさんって、すごい観察眼があるんですね」  私はなんだか恥ずかしくなってきた。観察眼があるというより、幻覚が見えているだけである。  証拠に、今視界に入っているトウノさんの腕は見事な白百合だし、岸一さんの腕は以前と同じようなリンドウの花である。いや、以前見たリンドウの花よりも、心なしかつやつやしてみずみずしい。岸一さん、ちゃんと休めているらしい。 「ええっと……それで、お二人は知り合いなんですか?」  今度は逆に、私がトウノさんと岸一さんに尋ねてみた。 「ああ……」  岸一さんがちょっと嫌そうな顔をする。 「こいつとは腐れ縁でね。学生時代からの付き合いだよ」  私は岸一さんの学生時代を想像しようとして、できないのでやめた。 「トウノは『腕落し』の事件になるとしつこくてね。いつも絡んでくるんだ」  岸一さんが、やれやれといった様子で肩をすくめた。 「ええと、どういった経緯で……」 「川井サナエの事件」  腕なし遺体で発見された、トウノさんの恋人の事件だ。 「あの件以来、しつこくてしつこくて……」 「僕が役に立たなかったこと、あった?」  トウノさんが、むっとした表情で言う。 「あー……いいか、我々警察は、一般人においそれと情報提供なんかできないんだぞ。お前もいいかげんにしておけよ。あんまり危ない話に首を突っ込むな」  どうやらトウノさんは、ずっと以前から川井サナエの事件を追いかけているらしい。 「それで、なんなんだ。私を呼びつけた理由は」  岸一さんとトウノさんはだいぶ親しいようだ。 「それが、6本指の腕の遺体の件についてなんだけど、新たな情報が入って」 「新たな情報ねぇ…警察の情報網舐めてもらっちゃ困るぞ」 「僕の情報網も舐めてもらっちゃ困るよ」  トウノさん、ずいぶん楽しそうだな。 「じゃ、聞こうか、素人の新たな情報、とやらを」 「上郷さんは妊娠していたんだ」  岸一さんが動きを止めた。
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