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■24
トウノさんが岸一さんに説明したことは、先ほど聞いた説明とほぼ一緒だった。看護師に知り合いがいること。6本指の年老いた女性が妊娠の検診に来たということ。
岸一さんは、トウノさんが医者を退職したことも知っているようだった。
「まさか、お前の前職の情報網が、こんなところで役立つとはな……」
「あ、情報の出どころは秘密でお願い。患者情報を外に出したことがバレたら、いろいろマズいから」
「心配しなくとも、これから中央病院に正式な捜査状をだすさ。そうすれば検診日や、妊娠何か月だったかなんかの情報がわかるだろう」
岸一さんは立っているのが面倒になったのか、そこにあった椅子に腰を下ろした。私もつられて、余っている椅子に腰を下ろす。
「……しかし妊婦となると、犯人の的が絞られてくるな。容疑者は、彼女の旦那か、不倫相手か、恋人か……」
「あ、上郷さん、ずいぶん前に離婚しているみたいですよ」
私が言うと、岸一さんがびっくりした顔をした。
「なんで君が知ってるんだ」
だいぶ口調が砕けてきた。
「上郷さんの娘さんと、この間話せたんです」
「とんだ偶然もあったようだな」
「偶然じゃないよ。ユウさん、あんなにたくさんいた人ごみの中から、上郷さんの娘を見つけ出したんだから」
トウノさんが自分のことのように嬉しそうに自慢する。やめてくれ。偶然だから。まぁ、腕の花が似ていた、と言うのが一番でもあるが。それをきいて、岸一さんはますます驚いた表情をする。
「やはり、上郷の最近の人間関係を調べるのが一番早そうだな。その娘は、何か言っていたか?」
「ええっと、母親とは、もうずいぶんしばらく会ってない、って言ってました」
「一人暮らし、あるいは同棲か……面倒なことになってきたな」
岸一さんは店の外を眺めた。大型トラックが過ぎ去っていったので、店内が一瞬反射で明るくなった。私はその横顔を見て、前々から疑問に思っていたことを尋ねてみてみることにした。
「あの……岸一さん」
「どうした?」
「あの……岸一さんって、男なんですか、女なんですか……」
私が尋ねると、トウノさんと二人そろってあっ、と言う表情をする。
「いや、その質問をすると……」
次の瞬間、店の前をバスが通り過ぎた。……。……バス!?
「うわっ、もうこんな時間」
私は腕時計を見て叫んだ。まずい、今のは帰りのバスが発車した直後の姿だ。私の自宅は田舎なので、路線バスが2時間に1本しか走っていない。
「やばっ、バス行っちゃった」
「ああ、長い時間引き留めてちゃってごめん」
トウノさんが、あちゃー、と言う顔をする。
「そんなに話し込んでたのか、君たち」
見事に話題が変わったのに安堵しているのか、いつものことなのか、岸一さんは若干あきれ顔だ。
「まあ、ユウさんも、捜査に協力してくれてるし」
あれ、そういうことになってたの?
「ほほう。君も恋人を殺人鬼に殺されたクチか?」
だいぶブラックなジョークを岸一さんが言う。
「いえ、そうじゃないですけど」
「じゃあ悪いことは言わん、こういう事件に首を突っ込むのはやめるんだな」
岸一さんが冷静に言った。なんだか拒絶された気がする。
「さもなければ、君が腕なし死体になる可能性だってあるんだから」
言われて、私は背筋が寒くなった。
「いつもトウノにも言い聞かせているんだがね」
「『腕落し』が口封じのために犯行をするとは思えないけど」
トウノさんが不満げな顔をする。
「やめと、相手は異常性癖の連続殺人犯だ。なにをするのかわからん」
「でも、『腕落し』は、ある一定のルールに沿って犯行をしている」
おそらく、恋人が死んでから、トウノさんはずっと事件を追っているのだろう。
「上郷さんの事件は、『ルール』から外れていると思う」
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