第2章 野薊

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■26 「急に雨が降ってきたんで、もしかして困ってるんじゃないかな、って思ったんだ」  トウノさんが傘をたたんで、狭いバス停の小屋の中に入ってきた。満杯である。 「よくここがわかりましたね」  私はびっくりしてしまった。 「あそこから最寄りのバス停だし、このバス停には屋根があったな、と思い出して」 「名探偵ですね」 「いやぁ」  トウノさんは頭をかいた。 「よかったら家まで送って行くよ。シフト、ちょうど4時までだったし、僕も帰るところだったから」  もうそんな時間だったのか。渡りに船である。私は、『じゃあ、お言葉に甘えまして』と言おうとして、その行動が、見えざる何者かによって阻まれた。  多分私の本能である。あるいは、カンというか、第六感と言うか。  まず第1に、知らん人の車には乗ってはいけないと、幼少時に言われまくってきたのが1つ。いや、トウノさんとは何回か話しているし、知らない人ではないのかもしれない。だが、私は、この人のことを何も知らない。  誰なのだ、トウノさんは。何者なのだ、トウノさんは。どうして彼の腕の花は毎回変わるのか。私の幻覚だらけの視界の中で、何を象徴しているのか。気になる異性はそう見えるのか? 愛する人を失ったモチーフ? 初回の出会い(血まみれ花屋)のインパクトが強すぎた?  うすら寒い……うすら寒いのだ。トウノさんが何を考えているのかわからない。表情が読めない。いつも微笑んでいて、隠れファンクラブがありそうで、学生時代なら2桁ぐらい告白されたことがありそうな顔立ちをしている。そもそも私はイケメンと言う生き物に警戒心しか抱いていない。  人間と言うのは見ればわかる。顔を見れば覚える。腕を見れば誰だかわかる。どこで笑うかで、どんな人なのかが判断できる。  だけど、トウノさんは、何か違和感があるのだ。例えるなら何だろう。万華鏡。同じ人なのに、なんだろう、まるで別人の人のように見えるときがある。車内と言うのは密室なのである。どこへ連れていかれるのか。私の本能が拒否している。やめておけと。  以上、0.2秒ほどの間に考えたことが上記のことであった。 「じゃあ、お言葉に甘えまして、よろしくお願いします」  私は言った。
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