第2章 野薊

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■28 「本当に、ここまででいいの?」  近くのコンビニに止めてもらうと、私はぺこぺこと謝った。 「いいんです、あの、えっと、ほら、うち、車が入りにくいところのアパートなんで、ちょっとお金下ろさなきゃで!ついでに傘も買っていこうと思いますし」  私は見るからに挙動不審で一気にまくし立ててしまった。 「傘なら貸すよ」  トウノさんは困惑しながらもにこやかな顔である。 「え、あの、いいです。トウノさんが濡れちゃいますし」 「大丈夫。2本持ってるから」  置き傘と言うやつか。用意周到である。 「あの、その、悪いですし……」 「大丈夫大丈夫」  といって、トウノさんは迷わず高そうな傘を差しでしてくる。紳士向けの立派な傘だ。コンビニのビニ傘とは違う。ちょっと重い。 「ええっと、ありがとうございます。今度返しに行きます」 「よろしくね」  私がゆっくり傘を差してから車を出ると、雨だというのにトウノさんは窓を開けてくれた。 「ではまた今度」  花を振って、トウノさんは車を発進させていった。しれっとまた会う約束をしてしまった。私は紳士物の傘をさしたまま、しばらくコンビニの前で道路を眺めていた。まだトウノさんの車のにおいがする。そして、私は静かに確信していた。  トウノさんは普通の人間ではない。  
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