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第3章 鬼百合
■1
私は久しぶりにスーツに袖を通していた。ちょっとタンス臭い。向かうべきは例の中央植物園だ。
書類選考に通ったとの連絡があったので、こうして一次面接に向かっているわけである。まさか、スーツで自転車で汗だくになって行くわけにもいくまい。
私は時刻表と面接時間を照らし合わせ、バスの本数の少なさを嘆いた。車が持てればいいのに。しかし無職にそんなカネはないのである。
私は鏡の中の自分を見つめた。長袖のスーツの袖から、白いモクレンの花がのぞいている。両手を胸に当ててみると、まるで花束を抱えているようだ。自分で言うのも何だが、似合っている。
私は、植物園の面接のついでに、例の6本指の庭師について話を聞いて来ようと思っていた。理由は二つ。
まず、面接なら普段は植物園の表には顔を出さない、人事部の人間が出てくるだろうということ。
第二に、この植物園の職員募集は、応募しておいてなんだが、あまり魅力的ではないこと。(契約職員─2年ごとに更新─一般職─給料安め)何を聞いて変に思われようとも、たとえ落とされようともあまり痛手はないのである。
とりあえず、転職活動の面接をするのは久しぶりだ。肩慣らしにはちょうどいいし、私もそろそろ無職3か月目だ。転職活動を本格的にしてもかまわない時期だろう。
私は就活用鞄を持つと、植物園へと向かった。途中、店のガラスウィンドウに映った私は、カバンと花束をつかんだ、普通の会社員のように見えた。彼女はどこへ行くのだろう。
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