第3章 鬼百合

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■2  私は面接開始25分前に植物園についてしまった。これより遅いバスはなかったのだからしょうがない。  今行くと早すぎるだろう。せめて、10分前ぐらいまでは待ってみよう。私は腕時計を長袖にしまうと、植物園をゆっくりと歩き始めた。  相も変わらずに、私の目には、植物園が『人間の腕園』に見える。老若男女・右手左手・血みどろ・生きたまま・動くやつ・動かないやつ、よりどりみどりのフルコースだ。  私は緑の壁のように剪定された、その樹を眺めてみた。ツツジ、と看板には書いてある。しかし私の目には、軽く握りこんだ人間の手が、ぽつぽつと生えているようにしか見えない。  開きかけの手、閉じかけの手、小さな手、大きな手、様々だ。天気はいいし、晴れていて、土日に比べると平日は人が少ない。私はこの機会に、人間の腕の花をじっくり観察してみることにした。  おそらく、人間の若い女性の腕だ。私と違って指は細く、肌は白い。爪は丸長で、よく手入れされている──……人間の拳が、ぽんぽんと生えている。向こうの方には、人間の掌がぽつんと道端に落ちている。  こう、じっくりと観察してみると、花々にも個体差があるようだ。開きかけのチョキのようになっている腕を見つけて、私はグーを出してみた。……。何をしているんだ、私は。  一瞬……一瞬だけ、私の目の前には幻想的な光景が広がった。視界いっぱいに、薄ピンク色の花をしたツツジがいっぱいに広がっているのだ。薄いピンクと、葉っぱの緑のコントラストが鮮やかで、空の青は晴れ渡っている。  ……のは一瞬のことで、私の視界はすぐに戻ってしまった。緑の葉っぱの中に、人間の腕がもさもさと生えている。少しだけだったら、誰かが木の裏側に回り込んで、腕をこちらに伸ばしているように見えたかもしれない。  だけどこの量だ。私は慣れてきて、なんだか笑ってしまうような光景にも見えてきた。何の冗談なんだ、これは。  私がツツジを眺めていると、すぐに10分ほどの時間が経過した。私は面接場所に向かうため、一面の腕の花畑を歩き始めた。
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