15人が本棚に入れています
本棚に追加
(ずっと子どものまま?)
それは、なかなか魅力的に思えた。大人ってなんか大変そうだし。
このきれいな人と、きれいなお庭で、宝石のようなお菓子を食べて、鬼ごっこしたりかくれんぼしたりする、そんな毎日を夢想する。なんて素敵なのだろう。
──けれど。
「パパとママが泣くから、やっぱ、だめ」
帆影はまっすぐな瞳で、迷いなく答えた。
そのとき、青年がどんな表情をしたかは、逆光だったので分からない。ただ、帆影を抱く手が一瞬、震えて、ぎゅっと力がこもった。
「──そう」
何かを無理やり押さえ込んだような、無機質な声。
その声音は、聞いている側が悲しくなるほど空虚で──幼い帆影は、この青年がかわいそうになった。かわいそうなことをした、と思った。
「……おにいちゃん、ひとりなの?」
「……うん──うん、そうだね」
「友だちいないの?」
「おい、人をなんだと思ってる」
彼は笑おうとして、失敗したみたいだった。
おそらく彼は、自分の本心を巧みに隠せるほど大人ではない。そのことを、帆影は幼いなりに機敏に悟った。
「おにいちゃん」
「ん?」
「ごめんなさい」
「……こら。子どもが気を使うんじゃないよ。あんまかわいいと、無理に連れて行きたくなっちゃうじゃないか」
下手な笑顔が泣きそうに歪む。渇いた秋空を湿らせてしまいそうな表情に、帆影は紅葉に似た手のひらで、彼の頬をなでた。
「おにいちゃんも、まだ、わりと子どもだよね?」
「そうだよ。俺は立派な子どもさ」
なぜか威張るように言い返される。
「くふっ」
それがおかしくて思わず笑い声を漏らすと、
「……ふふっ」
彼もようやく不器用に笑ってくれた。
意外と彼は表情がころころ変わる。それこそ子どもみたいに。最初は人形のようだと思っていたけれど、大間違いだ。
(もっと、わらってほしい)
そう思った帆影は、持っていた千歳飴の袋に手を突っ込んだ。
中の飴は、迷子になる前に父が一口大に折ってくれていた。飴を買った直後、帆影がすぐ食べたいと駄々をこねたためだ。
千歳飴の、ほんのり優しい甘さを思い出す。すべての子どもを幸せにしてくれる味。それを口にしたら、彼はきっと、もっと笑顔になってくれる。
「おにいちゃん」
彼に声をかける。
彼は唇を開いた。なあに?と聞き返すためだっただろう。それが音になる前に、帆影は小さな飴のひとかけらを青年の口に放り込んだ。
瞬間、彼の瞳が驚愕に見開かれる。
「ちとせあめ! あまいでしょ!」
屈託なくはしゃぐ帆影に──青年は、絶句した。さあっ、と彼の桜色の頬から血の気が引いていく。
「おにいちゃん?」
最初のコメントを投稿しよう!