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中途半端に開かれた青年の唇は、小刻みに震えていた。唇の間から、帆影が与えた飴がかすかに覗いている。蒼白になった頬に、冷や汗がつうっ、とつたった。
どうしたのだろう。帆影は焦った。
彼に笑ってほしいだけだった。甘いお菓子なら、彼も喜んでくれると思って。それなのに、こんな──唐突に知らない世界に投げ込まれたような、怯えた表情をして。
帆影は急に怖くなって、思わず叫んだ。
「おにいちゃん!」
はっ、と青年は我に返った。水の膜を張った瞳が揺らぐ。唇が、舌が、かすかに動いた。
「おにいちゃん、だいじょうぶ?」
帆影の問いには答えず、青年はそっと舌をうねらせた。ころり、と口の中で飴が転がる。彼は、ころころ、こわごわと、飴を転がし続けた。
どのくらい、そうしていただろう。
彼は、何かを覚悟したように両目を固くつむった。恐怖からか、ぎゅうっと帆影を抱きしめる。帆影も同じく青年を抱きしめ返す。
──がり、と音が響く。
彼はついに、奥歯で飴を噛み砕いた。その間にも、冷や汗が、ぽたぽたと顎から滑り落ちていく。がり、がり、と少しずつ噛み砕き──ゆっくりと、すべてを嚥下した。
帆影は最後まで、泣きそうな顔で見守っていた。
ややあって。
「──はぁ……!」
彼は大きく、深く息を吐き出した。
雪原のようだった頬はだんだんと上気して、もとの桜色に戻りつつあった。その様子に、帆影は心の底からほっとした。
やれやれ、と言いたげに、青年は肩で息をつく。
「なるほど……禁断の味だね、これは」
「きんだん?」
「後戻りできなくなる味ってこと。まったく……お前のおかげで、前進するしかなくなったよ」
ますます意味が分からない。
いぶかしげに眉根を寄せる幼子に、青年はぷっと吹き出した。
「……あめ、まずかった?」
「いいや、とてもおいしかったよ。ありがとう。お礼に、これをあげる。……俺に、前進する決意をさせてくれた例だ」
そう言って子どもの手のひらに、あるものを握らせる。
帆影はそれを見て、瞳を輝かせた。
「どんぐり!」
それは、まるまるとした、チョコレートのようにつややかな木の実だった。金色の繊細な鎖がついた、どんぐりのペンダントだ。
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