プロローグ

4/4
前へ
/118ページ
次へ
 手の中の茶色い宝石に、帆影はしばし、うっとりと見とれていた。  そんな子どものおでこに自分の額をこつんと合わせ、これ以上ないほど、彼は優しい笑みでささやく。 「お守り。これから先、お前が俺を必要としてくれたなら──このお守りが、お前を俺のもとへ導いてくれる」  不意に、はるか遠くの方から風に乗って、かすかな声が聞こえた。  誰かを必死に捜し、呼び続ける、女性の声。  母だ、と帆影が気づくと同時に、青年はそっと嘆息した。 「……どうやら、お迎えがきたようだね。お前はもう、お帰り」  砂利道に帆影を下ろし、小さな形の良い頭をひと撫でする。 「おにいちゃん」 「さよならだ。お前のことが大好きだよ」 「おれも、おにいちゃんが好き!」  どうしても彼にそれだけは伝えたくて、必死に叫ぶ。  すると彼は、心の底から幸せそうに、野バラがほころぶように笑った。ぽん、と優しく幼子の背中を押し、もう行くよう、うながした。 「ばいばい。俺の、かわいい子」  帆影はよちよちと歩き出し、六歩ほど進んだところで、ちょっとだけ振り返る。白い秋の光の中で、彼がまだ幻みたいに立って、微笑んでいた。  その姿を見て、帆影は、はっと気づいた。一気に夢から覚めたように、気づかされたのだ。  ──この人、〇〇が、ない。
/118ページ

最初のコメントを投稿しよう!

15人が本棚に入れています
本棚に追加