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 瑞希は夕食後の皿洗いを買って出た。いつものことだ。母親がそれをいいのいいの、と眉を下げて遠慮する時もあれば、じゃぁ、お願いしようかな、と両手を合わせて困ったように頼むこともある。  そんな母親の様子に瑞希は気付かないふりをしながら、毎日自分の役割を必死に得ることで、なんとかこの家と自分を結び付けようとしているように、大和には見える。  日中はあんなにも天気が良かったのに、外はぱらぱらとした雨が降り始めていた。 「お父さんを迎えに駅まで行ってくるね」  カーテンを開けて心配気に外の様子を眺めていた母親が、ばたばたと慌てた様子で車のキーを持って家を出て行った。  水道の蛇口から流れる水の音が、やたらと大きく部屋に響き渡る。  思いがけず大和は瑞希と二人きりになってしまい、冷蔵庫を開けて1リットルのオレンジジュースのパックだけを取り出し、そのまま二階の自分の部屋に持って行こうとした、その時だった。 「大和君」  洗い物をする瑞希の後ろを通り過ぎようとしたところで、ふいに呼びかけられた。咄嗟に、背筋に変な力が入る。 「……何?」  振り向くと、瑞希はゆっくりと蛇口をひねり水を止めた。完全な、音のない空間となった。瑞希の手には、黄みがかった泡のついたスポンジが握りしめられていた。  少し伏し目がちに言う。 「私、まだ先なんだけど……夏休みが終わって二学期からは、別の学校に通おうと思ってるの。だから、この家も出ていくことになると思う。学校の先生にも少しだけ相談しててね。まだ実は叔父さんと叔母さんには言ってないんだけど」  順番が逆だよね、そう言って瑞希ははにかみ、少しだけ舌を出すような仕草をして困ったように笑う。  なんで――。 「今まで本当に、ありがとうね」  なんで、それを、 「なんで、それ、両親より先に俺に言うの?」  考えるより先に、咄嗟に浮かんだ疑問が思わず口をついて出た。どうして家を出ていくのか、これからどこで暮らすのか。後から後から絶え間なく別の疑問も浮かんできたが、大和がまず最初に思ったのはそれだった。  俺たちは面と向かって、ちゃんと話し合ったことは一度だってない。  瑞希はうーん、と少し考えた風に斜め上を見上げてから、 「なんでかな。大和君、かっこいいお兄ちゃんだから、かな」  そうしてまた、瑞希は蛇口をひねり、皿を洗い始める。止まった時間が動き出すように、空間に音が流れ始める。  呆然と目を見開いたまま、突っ立ったままの大和を見て、「ん? 何、お兄ちゃん」みたいな顔で、なんてことないように瑞希がこちらを見返す。
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