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スパイクで陸上のトラックを走るのは、堪らなく気持ちいい。大和の通う高校にはトラックがないから、これを味わえるのは記録会や大会の時だけだ。スパイクから長く伸びたピンがゴムのトラックにめり込み、体重を跳ね返す感覚。自分が物凄く速く走れるようになったような高揚感。一年前、初めてこれを味わった時は感動した。
大和の専門競技は400m。これは無酸素運動の短距離に分類され、トラックきっかり一周分を走る。今日は午前中にその予選、勝ち進めば午後に準決、決勝とあがることになっている。
夕方、午後ラストの時間には、4×100m、通称四継と呼ばれるリレーも行われる。記録会の時には顧問のお試しで短距離の一年と二年だけを集めたBチームとして四継にも強制出場させられることもあるが、今回はメンバーから外れた。だから、今日は400mに専念できる。天候も良いし、体も軽い。コンディションとしては最高だろう。それなのに。大和の気持ちはなかなか晴れなかった。
大和が今いる場所は、今まさに大会で使われているトラックの裏手にある、直前練習用のトラックだ。専門種目に関係なく、大体の奴がここでジョグをしたりして体を温め、自分の出番に臨む。
感覚を掴む為だけに行った数本のスタートダッシュを終え、トラックの外周、芝生となっている場所に座り込みスパイクを脱いでいる時だった。よく知るアニメっぽい可愛いらしい声が耳に届いた。
「60、61、62、……明、ファイットォー!」
声の方へ視線を向けると、やはり思った通りだ。陸上部のマネージャーで同じクラスの白根さんがストップウォッチを握りしめて立っていた。大和はそのままの態勢で首だけを回し、トラックを走っている人物を見る。
そうか。確か、400mの次だったか。
ひょろりと長い足を軽やかに前に進め、表情一つ変えずに黙々と走っている男。1500mの予選を控えた、同級生の明だ。内心は高校入学当時からの片想い相手である白根さんに専属マネをしてもらえて鼻の下を伸ばしているだろうが、それをおくびにも出さず軽快に風を切っていく。
明の奴、今日は随分と調子が良さそうだ。きっと、良いタイムを叩き出すだろう。
はぁ、と大和は軽く溜め息を吐くと、ランニングシューズに履き替え立ち上がった。その場で軽く二回ジャンプした後、どこか気乗りしないまま、弾まなくなった靴でトラックをゆっくりと、走り出した。
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