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 なかなか気分を高められないまま臨んだ400mの結果は、そう悪くはなかった。自己新は出なかったけれど、最後の直線で追い風になった影響もあったのか、ベストよりも0.2秒遅いだけだった。  そしてこれには驚いたのだが、同じく400mを専門としている、三年生のグッチー先輩よりも大和の方が速かった。大和とグッチー先輩の普段の練習時の勝率は一対九くらいで、大和が負けていた。だけど、今日は勝った。三年生が、グッチー先輩が引退する、この大会で。  大和は予選、準決と進んで、ギリギリ午後の決勝に残ったけれど、先輩は残れなかった。あと0.3秒、遅かった。「大会三日目の最終日、マイルリレーにかけるよ」そう言って笑っていたけれど、内心、後輩の、自分より実力が下の大和に負けてどう思っているのだろう。  二カ月前からずっと、グッチー先輩は練習後に脛をアイシングしていた。別に、アイシングをする人はグッチー先輩だけじゃない。中学から陸上をやっている同級生の唯人(ゆいと)もシンスプリントで痛むと言って、時々マネに氷を作ってもらって冷やしていた。  だけど。 「グッチー先輩、お疲れ様っしたー、お先に失礼します」そう言って帰っていく後輩に、グッチー先輩はいつだって笑顔で軽く手をあげて応える。  先輩は気付いていなかったと思うが、大和は駐輪場で、クラスが違う為自分よりも遠くに置き場がある明や唯人を待つ間。いつも、そこからグラウンドを見ていた。部室の扉の前で、薄汚れた毛布に座り、脛をアイシングする先輩の横顔。  真剣だった。必死に、少しでも良くなるようにと、切に願っているようだった。  だけど。  大和から見て、誰よりも真面目に練習に取り組んでいたのはグッチー先輩だった。先輩の400mはこれで終わった。あっけないほど、簡単に。だけど。  だけど所詮、と思う。  決勝は走らなくても、もう結果はでている。一位の奴の名前も、二位の奴の名前も、その学校名までをも俺は言える。三位は名前までは覚えていないけれど顔を見たらわかる。そして俺は、ビリか、ビリから二番目だ。先輩が走ったところで、それはそう変わらない。
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