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 瑞希は礼儀正しい子だった。出された飯は野菜も漬物も好き嫌いせずに全部食った。いただきます、ごちそうさまでした。寝るときにはおやすみなさい、朝起きたら、おはようございます。 「敬語なんて使わなくてもいいのよ」  両親はそう言っていたけれど、瑞希は頑なだった。首を振り、ちょっと照れたように笑って、「お世話になっているから」と。  素直で、可愛い子だと思った。両親も、瑞希のいない所で安心したようにそう口にしていた。勿論従姉妹の小学生相手に恋愛感情なんてこれっぽっちも抱かないけれど、一緒にいて害がなく、暮らしやすいと思った。あんなことがあって、両親も妹も死んだのに、性格も全然暗くないし、きっとクラスの男子から人気があるだろうな、と思う程に愛嬌もあった。  でも、そう思ったのは、最初だけだ。  瑞希は、ずっと変わらなかった。一カ月経っても、半年経っても、一年経っても。敬語を使うことは徐々に減っていったが、両親にも大和にも話すときはずっと分厚い壁を作ったままで、愛嬌のある顔で、時折にっこりと笑う。  両親も、口には出さないが、戸惑っているように見えた。  家に友達を呼んでもいいからね、と度々母親は言っていたが、瑞希は誰一人一向に呼ばなかった。  大和は大和で率先して瑞希に話しかけることはしなかったし、両親は分かりやすすぎるくらいの気を遣って瑞希に話しかける。瑞希が喜びそうな、笑ってしまうようなことを無理して話す。傍から見ていて、痛々しい位に。 「私たちのこと、本当の家族だと思っていいからね」  一年を過ぎたあたりから、痺れを切らしたようにそんな言葉を母親が口にすることが増えた。母親も、やるせなかったのだと思う。瑞希をなんとかしたいという思いがあったのだと思う。でも、駄目だと思った。母さん、その言葉は、ちょっと駄目だ。いくらなんでも駄目だ。それ、かなりひでぇよ。だって。  母さんが瑞希のことを、そうは思っていないだろう?  その言葉は、自分に言い聞かせているんだろう?  そういう時、大和はいつも瑞希の顔を盗み見ていた。  そのうちに抑え込んだ気持ちが爆発してしまって泣くんじゃないだろうか。そんな大和の意に反して、瑞希は相も変わらず愛嬌のある顔でにっこり笑う。ありがとうございます。口元に手をあてて、声をたてて、おかしそうに笑うこともあった。  瑞希のことを最初、男受けする顔だなと思っていた。でも違う。顔じゃない。瑞希の笑顔と、纏う明るい雰囲気。そして、それがいつも徹底されているがゆえに感じてしまう、奥底に仕舞いこんだであろう黒い混入物。    ミステリアスという言葉が似合うほど大人ではないけれど、どこか無意識に人を惹きつけてしまう、そういったちぐはぐな印象が瑞希にはあった。
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