10話

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10話

すぐ近くに停めてあった車に2人で乗り込む。 今までと同じようにドアを開けてくれた彼に、折角止まった涙がまた溢れそうになった。 また彼にこうしてもらえるなんて、会社を出た時には思ってなかったから。 「あれ、シートベルトしてないの?」 グイッと彼が近づいてきて、目の前に顔が迫った。 急な接近に、恥ずかしくて思わず俯く。 カチャッという音がして、離れて行く気配にホッとしていたのに、彼の動きが途中で止まった。 「そんな可愛い顔されると、堪らないんだけど。」 その言葉に驚いて思わず顔を上げると、至近距離で彼と目が合う。 少し動いただけで唇が触れそうな距離。 「家まで我慢出来そうにないから、もう一回キスしていい?」 恥ずかしいけど…キスされるのは、嫌じゃない。 寧ろ…嬉しい。 だけど、そんなの恥ずかしくて言葉に出来ないから、頷くだけで意思表示するとすぐに唇が触れ合う。 啄むような軽いキスを繰り返して離れて行く。 余韻に口から吐息を漏らすともう一度触れてきて、隙間から入り込んできた熱い舌に翻弄される。 「ん…もう少しだけしよ…もっと絡めて…?」 もっとと言われても、すでに絡めとられて翻弄されているというのに、一体どうしろというのだろう。 「んんっ…は、あっ…」 頭がボーっとしてきた頃、彼が離れていった。 「はぁっ……ごめんね。反応が可愛すぎて止まらなくなっちゃった。力抜けちゃったかな?目がトロンってなってる。気持ち良かった?」 …なんてことを聞くんだろう。 そんな事、恥ずかしくて答えられるわけないのに。 「答えてくれないの?恥ずかしいのかな。あるいは…喋れないぐらい気持ち良かった、とか?」 耳元で囁かれた擽ったさに身を捩る。 そして言葉の意味を理解した途端、顔の温度が上昇した。 「真っ赤だね。目も潤んでる。意地悪過ぎたかな。君とこうしていられるのが嬉しくて、ちょっと気分が上がっちゃってるんだ。……ふぅ。僕が暴走する前に帰ろうか。君はシートを少し倒して休んでるといいよ。」 そう言ってゆっくりシートを倒した後、離れ際におでこにキスをされる。 微笑んで軽く頭を撫でた後、運転を始めた彼。 その姿を眺めながら、なかなか静まらない心臓の鼓動を感じる。 あり得ないと思っていた彼との甘い雰囲気に、ドギマギしてしまう。 心臓のスピードが穏やかになった頃、駐車場に到着した。 エレベーターに乗り込むと、落ち着いていたはずの鼓動がまた早くなる。 今日の明け方までは、確かにそこに居たはずなのに、恋人になった男性の部屋なんだと思うと妙な緊張感が生まれてしまう。 「どうしたの?」 「その…緊張、してしまって。」 「緊張?」 「…」 「あ。もしかして、意識してる?今までと違う関係だから。」 小さく頷くと、彼の口から溜め息が零れ落ちた。 「本当にもう…どうして君は一々そう可愛いの?僕の事煽るために態とやってる?」 「煽る…?」 そんなつもりは全くないし、可愛いとも思えないけど。 何故か無言になってしまった彼を気にしていると、エレベーターが到着した。 スーツケースと私の手を握った彼は、急ぎ足で部屋へと向かっている。 足の長さが違うせいで、引かれている私は付いていくのがやっと。 鍵の開け方もいつもとは違って荒々しさがある。 何か怒らせた? この1ヶ月の間には見た事が無かった彼の様子に、違う意味で緊張が走る。 鍵が開き、半ば無理矢理玄関に押し込まれる。 「あの…」 どうしたのか聞こうと思って振り返ったと同時に、彼に強く抱きしめられた。 「ごめんね。もう限界。我慢出来ない…」 そう言って、噛みつくようなキスをされる。 「ふ、あ…はっ…待っ」 「もう待たない。待ってあげられない…」 「あっ…でも、シャワーを…っ」 「そんなの後でいいよ。」 顔中に口付けられた後、耳介を舐られ甘い声が零れ落ちてしまう。 「可愛い声…さっきも思ったけど、耳弱いの?ここで喋ってるだけで、体ビクビクさせて…誘ってるよ?」 「誘ってるわけじゃ…ぁあっ」 「ほら、そうやって甘い声と震える体で僕を誘ってる。」 普段はすごく優しいのに、今は少しだけ意地悪だ。 声も震えも、全部彼のせいなのに。 「立ったままだと辛いよね。部屋に行こうか、僕の。」 手を引かれるけれど、耳への刺激だけで私の足は力が入らなくて… 「はぁ…やばいな…。そんなの可愛すぎる。今ですらちょっと暴走気味なのに大丈夫かな…明日が休みで良かった。」 小声で呟きながら、私を横抱きに抱えて歩き出した彼は、一度部屋の前で停止した。 「入ったらきっと止まれないから…先に謝っておくね。きっと、君がもう無理って言っても今夜は離せないと思うから…ごめんね。」 「へ…?」 何だかとんでもないこと言われたような気がする。 少し焦りを覚えて彼を見たけど、もう遅かった。 部屋のドアが開いて、ゆっくりとベッドに寝かされる。 「好きだよ、奈々子。」 その言葉を合図のように、彼が覆いかぶさってきた。 「はっ…やあ!そこ、だめぇ…!」 「んっ…またキツくなった。ほら、また気持ち良くなって。」 「やっ…も、ムリっ…!あああ!」 「くっ…あっ…僕も一緒に…うっ…!」 あれから一糸まとわぬ姿にされた私は、彼に体の隅々まで愛され、何度も高みに昇らされた。 それなのに、彼と一つになってからもこうして何度となく昇りつめている。 彼だって何度か欲を吐き出しているのに、まだ限界はこないようで。 というか、限界、あるんだろうか… そんなことを呼吸を整えながらボーッと考えていると、顔中に口付けが落ちてくる。 「奈々子…好き…」 「ん…は、ふっ…」 唇に辿り着いた口付けが、また深くなってくる。 「んっ…んんっ」 「好き…はぁっ…大好きだよ…」 口付けをしながら、胸の膨らみを確かめるように動き始めた手。 何度も弄られて尖りきっている先端は、少し触れられただけで体が反応してしまう。 「可愛い…ちょっと触れただけなのに。ねえ、もう一回しよ。」 もう何度目か分からない、彼の”もう一回”の誘い。 視線を動かすと、すでに準備万端の彼は、本当にいつになったら限界を迎えるのだろう… 「奈々子。愛してるよ…もう一回僕をここに受け入れて?」 ゆっくりと先端が入り込んでくる刺激に、反射的に甘い声が出てしまう。 「本当、可愛くて堪らない…その声も、その表情も…っ」 ゆっくりとした動きが段々と激しくなっていく。 また彼の熱に溺れていく。 解放されるのがまだ先の事であることを、私はこの時知る由も無かった。 「んん…」 「あ、起きた?おはよう。…って言っても、もうお昼前なんだけどね。」 「え…あ…」 目の前に彼の顔があることに内心驚きつつ、昨日の事を思い出した。 何があったか詳細に思い出してしまったせいで、顔に熱が集中する。 「ん~?真っ赤になってどうしたの?もしかして、昨夜の事思い出しちゃった?」 図星を指され布団の中に潜り込もうとすると、彼に阻止されてしまう。 「ダメだよ、顔隠しちゃ。可愛い顔が見られなくなるでしょ。今後一切僕から隠れようとするのは禁止。」 そのまま体を抱き込まれて、素肌のままの体が密着する。 ドキドキするけど、人肌の温もりが心地いい。 「そうだ。あのね、大事な話があるんだ。」 大事な話? 「…きっとこれから先、美弥子の事を気にして僕の言葉を素直に受け取れない時も出てくると思うんだ。でもね、忘れないで。以前はどうであれ、今僕が好きなのは奈々子だから。どんな言葉も、奈々子に対して言っているから、ちゃんと受け止めて欲しい。」 「純也さん…」 確かにそれは起こりえることかもしれない。 実際今でも、私を見て美弥子さんを思い出さないのだろうかと気にならないわけじゃない。 私と美弥子さんが似ていると言ったのは、彼自身だから余計に。 「どんなに顔が似ていても、やっぱり美弥子は美弥子で、奈々子は奈々子だよ。違ってる所なんて沢山ある。下瞼に隠れてるこの黒子だって、美弥子にはないものだ。」 そう言って、左目の下を優しく撫でてくれる。 睫毛に隠れているから、普通に接してる分には気づかない黒子。 「昨夜初めて気付いたんだ。キス出来るぐらい近づかないと気付かないんだね、この黒子。可愛い。…話がズレちゃった。とにかく、顔が似てるから君を美弥子の代りにしてるとかじゃないから。きっかけは美弥子だけど、好きになったのは奈々子だから。」 「…ありがとう、純也さん。」 彼にこう言ってもらわなければ、きっと近い将来、私は彼を疑っていたと思う。 「あ、それとね。近々時間を作って、君のご実家に行こうと思ってる。」 「実家…?何で急に…」 「やっぱり一度、君のひいおばあさんとひいおじいさんのお墓にお参りしときたくて。ダメかな…?」 「…いいえ。きっと2人も喜んでくれると思います。」 「ありがとう。君にそう言ってもらえると安心する。君のご両親にもきちんとご挨拶しとかないとね。恋人が居ないと思って縁談でも持って来られたら困るし。」 「あ…」 無いとは…言い切れないな。 実際先月もそんな電話がかかってきていたから。 「え、その顔ひょっとして、もう…?」 「純也さんと出会う前の話ですけどね。」 「もちろん断ってあるよね…?」 「はい、断ってますよ。」 「良かった~…いや、良くない。早急に君のご両親に会わなくちゃ。それで、娘さんは僕がもらう予定なのでってちゃんと説明しておかないと。」 「え…?」 もらう予定って… 「え?って…え?僕はそのつもりなんだけど…君は、嫌?」 一気に悲しそうな顔になる彼に、慌てて首を振る。 「ちょっと驚いただけでっ。まさかそこまで考えてると思ってなかったから…でも、嬉しいです。」 「はぁ…良かった…君に嫌って言われたら、それこそまた一生独り身だったよ。」 「そんな事言いませんよ。それに…私は、純也さんを置いて逝きません。ひいおばあちゃんたちみたいな、仲良しなおじいちゃんとおばあちゃんになりましょう?2人で。」 「っ…まさか君に逆プロポーズされるなんて、思っても無かったよ。」 「逆プロポ―ズ………?!」 「君に先を越されちゃったな。」 「いや、あのっ…あれは」 「返事はもちろん、イエスだよ。今度僕からも、ちゃんと準備を整えて伝えるから、待っててくれる?」 「…はい。」 「ありがとう。好きだよ。大好き…」 「んっ…」 軽く触れてくる唇に応えると、何度も求められる。 段々と深くなる口付けに息が上がる。 「奈々子…愛してる」 「私も、愛してます…んんっ」 来世でもなんて欲張りは言わないから。 現世でいっぱい愛し合って幸せに… そう思いながら、お互いの熱を分け合うように抱き合って、ベッドに沈んでいった。 『良かったね、奈々子。2人がずっと幸せでいられるように、おじいさんと一緒にこちらの世界から見守っているよーー』 彼の温もりに包まれながら、どこからかそんな声が聞こえたような気がした。  ---END---
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