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2話
「はぁ…」
今日から、あの訳の分からない前世の旦那だとかいう人と1ヶ月一緒に暮らすのか。
何で私がこんな目に…
あれから、幸助という名前と前世について何度も考えてみたけど、やっぱり心当たりはなかった。
「絶対私じゃないと思うんだけど…」
それでも、納得してもらえない以上は仕方がない。
ずっと付きまとわれるよりはマシだと思って耐えよう。
約束した時間にマンションの入り口で荷物を片手に待っていると、目の前に止まった一台の車。
運転席から降りてきた男性を見て、昨日の事がちゃんと現実だったことを嫌でも再認識する。
…夢なら良かったのに。
「お待たせ。あれ?荷物少ないね。それだけでいいの?」
「1ヶ月だけですし、必要があればまた取りに戻ればいいので。」
その答えに、彼が少しだけ寂しそうな顔をした。
私が一ヶ月だけ、と言い切ったからだろうな。
彼の事を思い出さないという前提で行くんだから仕方がない。
彼の自宅には10分ぐらいで到着した。
案外近い場所にあったのね。
「どうぞ、入って。」
「お邪魔します。」
わあ。広い。
2LDK?
どう見てもファミリータイプの部屋だけど。
独身なのに何でこんな広い家?
「いつ美弥子を見つけてもいいように、広めの家に住んでるんだ。」
…なるほど。
本当にこの人は、美弥子さんの事だけ考えてるんだな。
私はまだ、そんな風に思える相手に出会ったことはないから、彼の気持ちはよく分からない。
でも、凄いなとは思う。
唯一人の人をここまで愛してるなんて。
「ここが君の部屋。自由に使ってくれていいからね。」
「ありがとうございます。」
ドアを開けると、白を基調にラベンダーカラーが使われた女性らしい落ち着いた雰囲気の部屋。
素敵だな。
こういうの好き。
「気に入ってくれた?美弥子の好きそうな感じにしてあるんだけど。」
「あ…そう、ですね。」
その言葉に曖昧に微笑む。
美弥子さんもこういうのが好きだったんだ。
私と美弥子さんに共通点があって彼は嬉しそう。
それを見て何とも言えない気持ちになった。
持ってきた荷物を一通り整理してリビングに行くと、彼がソファーで寛いでいる。
「あ…」
「荷物整理終わった?」
「はい。」
さてどうしよう。
部屋に閉じこもってるのも…と思って出てきたけど、彼といるのもな…。
昨日知り合ったばかりの人だしね。
男性相手に何話せばいいかも分からないから、ちょっと緊張しちゃうし。
やっぱり部屋に戻ろうかな。
「ここにおいで。少し話をしよう。」
「…はい。」
促されるままソファーに近づき、彼から距離を取って端に腰をかける。
それを見た彼は苦笑していた。
「そんなに警戒しなくても。君が思い出さない間は何もしないよ。」
「…すみません。」
「まあいいんだけどね。美弥子も出会ったばかりの頃は、そうやって警戒してたな…」
懐かしそうな、愛おしむような表情。
「こんなにそっくりなのに、僕の事を覚えてないなんてね。」
「あの…幸助という名前は、以前のものなんですよね?」
「そうだよ。高梨幸助は前世での名前。今は河本純也っていう名前なんだ。美弥子は?」
「市川奈々子です。前世のことは分かりませんけど…」
「君の前世は高梨美弥子だよ。」
「それは…」
私には覚えがない名前だもの。
彼がそう言ってるだけで。
「少し美弥子とのことを話してもいいかな?聞いたら何か思い出せるかもしれないし。」
「…どうぞ。」
「ありがとう。う~ん、何から話せば…あ、出会った時の事を話そうか。さっき少し話したし丁度いい。」
「はい。」
彼は一口お茶を飲むと、私の方を見ながら口を開いた。
「美弥子とはね、お見合いだったんだ。あの時代は今みたいな恋愛結婚は珍しかったからね。初めて会った時の美弥子は俺に警戒心むき出しでね。大変だったよ。」
「どうしてそんなに警戒を?」
「後から聞いたら、最初から僕が優しかったのを怪しんでいたみたいだね。何か裏があるに違いないと思ってたって言うんだ。酷いよね?僕は美弥子に一目惚れして、可愛くて仕方なくて、大事にしたいと思っただけなんだよ。だから絶対逃げられないようにって頑張ってただけなのにさ。」
なるほど。
何となくその時の事が想像できるかも。
初対面から優しいなんて、私もちょっと警戒すると思う。
「あの警戒心を解いてもらうのには苦労したな~。3回目に会った時に、やっと美弥子の笑顔が見られた時は本当に嬉しかったんだ。今でもあの時の笑った顔は忘れてないよ。」
「そうですか。」
「…何か、思い出せた?」
「いいえ…ごめんなさい。」
「そっか…うん。でもまだまだ諦めないよ。絶対思い出してくれるって信じてるから。」
優しい笑顔を見せる彼は、私の中に美弥子さんを見てるんだろうな。
こんなに純粋に美弥子さんを求めてる彼の為に、何とかしてあげたいけれど…
自分にはどうにもできない。
だって私は美弥子さんじゃない。
きっと彼にとっては、それが一番辛い事実。
私に出来るのは、彼になるべく期待を抱かせない事。
少しでも期待してしまえば、1ヶ月後に彼は大ダメージを受けてしまう。
それだけは気を付けないと。
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