2話

1/1
1269人が本棚に入れています
本棚に追加
/11ページ

2話

「はぁ…」 今日から、あの訳の分からない前世の旦那だとかいう人と1ヶ月一緒に暮らすのか。 何で私がこんな目に… あれから、幸助という名前と前世について何度も考えてみたけど、やっぱり心当たりはなかった。 「絶対私じゃないと思うんだけど…」 それでも、納得してもらえない以上は仕方がない。 ずっと付きまとわれるよりはマシだと思って耐えよう。 約束した時間にマンションの入り口で荷物を片手に待っていると、目の前に止まった一台の車。 運転席から降りてきた男性を見て、昨日の事がちゃんと現実だったことを嫌でも再認識する。 …夢なら良かったのに。 「お待たせ。あれ?荷物少ないね。それだけでいいの?」 「1ヶ月だけですし、必要があればまた取りに戻ればいいので。」 その答えに、彼が少しだけ寂しそうな顔をした。 私が一ヶ月だけ、と言い切ったからだろうな。 彼の事を思い出さないという前提で行くんだから仕方がない。 彼の自宅には10分ぐらいで到着した。 案外近い場所にあったのね。 「どうぞ、入って。」 「お邪魔します。」 わあ。広い。 2LDK? どう見てもファミリータイプの部屋だけど。 独身なのに何でこんな広い家? 「いつ美弥子を見つけてもいいように、広めの家に住んでるんだ。」 …なるほど。 本当にこの人は、美弥子さんの事だけ考えてるんだな。 私はまだ、そんな風に思える相手に出会ったことはないから、彼の気持ちはよく分からない。 でも、凄いなとは思う。 唯一人の人をここまで愛してるなんて。 「ここが君の部屋。自由に使ってくれていいからね。」 「ありがとうございます。」 ドアを開けると、白を基調にラベンダーカラーが使われた女性らしい落ち着いた雰囲気の部屋。 素敵だな。 こういうの好き。 「気に入ってくれた?美弥子の好きそうな感じにしてあるんだけど。」 「あ…そう、ですね。」 その言葉に曖昧に微笑む。 美弥子さんもこういうのが好きだったんだ。 私と美弥子さんに共通点があって彼は嬉しそう。 それを見て何とも言えない気持ちになった。 持ってきた荷物を一通り整理してリビングに行くと、彼がソファーで寛いでいる。 「あ…」 「荷物整理終わった?」 「はい。」 さてどうしよう。 部屋に閉じこもってるのも…と思って出てきたけど、彼といるのもな…。 昨日知り合ったばかりの人だしね。 男性相手に何話せばいいかも分からないから、ちょっと緊張しちゃうし。 やっぱり部屋に戻ろうかな。 「ここにおいで。少し話をしよう。」 「…はい。」 促されるままソファーに近づき、彼から距離を取って端に腰をかける。 それを見た彼は苦笑していた。 「そんなに警戒しなくても。君が思い出さない間は何もしないよ。」 「…すみません。」 「まあいいんだけどね。美弥子も出会ったばかりの頃は、そうやって警戒してたな…」 懐かしそうな、愛おしむような表情。 「こんなにそっくりなのに、僕の事を覚えてないなんてね。」 「あの…幸助という名前は、以前のものなんですよね?」 「そうだよ。高梨幸助は前世での名前。今は河本純也っていう名前なんだ。美弥子は?」 「市川奈々子です。前世のことは分かりませんけど…」 「君の前世は高梨美弥子だよ。」 「それは…」 私には覚えがない名前だもの。 彼がそう言ってるだけで。 「少し美弥子とのことを話してもいいかな?聞いたら何か思い出せるかもしれないし。」 「…どうぞ。」 「ありがとう。う~ん、何から話せば…あ、出会った時の事を話そうか。さっき少し話したし丁度いい。」 「はい。」 彼は一口お茶を飲むと、私の方を見ながら口を開いた。 「美弥子とはね、お見合いだったんだ。あの時代は今みたいな恋愛結婚は珍しかったからね。初めて会った時の美弥子は俺に警戒心むき出しでね。大変だったよ。」 「どうしてそんなに警戒を?」 「後から聞いたら、最初から僕が優しかったのを怪しんでいたみたいだね。何か裏があるに違いないと思ってたって言うんだ。酷いよね?僕は美弥子に一目惚れして、可愛くて仕方なくて、大事にしたいと思っただけなんだよ。だから絶対逃げられないようにって頑張ってただけなのにさ。」 なるほど。 何となくその時の事が想像できるかも。 初対面から優しいなんて、私もちょっと警戒すると思う。 「あの警戒心を解いてもらうのには苦労したな~。3回目に会った時に、やっと美弥子の笑顔が見られた時は本当に嬉しかったんだ。今でもあの時の笑った顔は忘れてないよ。」 「そうですか。」 「…何か、思い出せた?」 「いいえ…ごめんなさい。」 「そっか…うん。でもまだまだ諦めないよ。絶対思い出してくれるって信じてるから。」 優しい笑顔を見せる彼は、私の中に美弥子さんを見てるんだろうな。 こんなに純粋に美弥子さんを求めてる彼の為に、何とかしてあげたいけれど… 自分にはどうにもできない。 だって私は美弥子さんじゃない。 きっと彼にとっては、それが一番辛い事実。 私に出来るのは、彼になるべく期待を抱かせない事。 少しでも期待してしまえば、1ヶ月後に彼は大ダメージを受けてしまう。 それだけは気を付けないと。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!