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4話
キッチンに入り、調味料や調理道具の場所を教えてもらってから、彼にはお風呂に入ってもらった。
そのまま手伝うって言いそうな雰囲気だったから。
手伝ってもらったら意味がない。
少しして聞こえ始めたシャワーの音で、彼がちゃんとお風呂に入ったのを確認する。
「さて。やりますか。」
出てくるまでには完成させたい。
使い慣れないキッチンだけど、やることは同じ。
ちょっと作る量が違うだけ。
1つ息を吐いて、私は包丁を右手に持った。
ーードアがバタンと閉まる音がした頃、鍋の中でグツグツと煮込まれている肉じゃがも頃合いになっていた。
「美味しそうないい匂いがしてる。」
「すぐにテーブルに持って行くので、少しだけ待ってください。」
そのまま席に着いた彼の前に、出来上がったばかりの料理を並べていく。
立ち上る湯気を前に、ワクワクした表情の彼。
すごく期待しているのが伝わってくる。
「温かいうちに食べなきゃね。いただきます!」
「…いただきます。」
料理に自信があるわけじゃないから、緊張して彼をジッと見つめてしまう。
作らせてほしいと言ったのは自分だけど、今この瞬間はそれを後悔しているぐらいだ。
「どう、ですか?」
「…凄く美味しいよ!味付けも僕の好みだ。」
笑顔の彼を見て、ホッと一安心。
不味い物を食べさせることにならなくて良かった。
「…美弥子の作る料理と、ちょっと似てるかな。」
「そう、ですか…」
味が似ていると言われて、ちょっと複雑な気持ちになってしまう。
「ねえ。もし良かったら、明日からも晩ご飯作ってくれないかな?」
「え…?」
「材料費は出すし、もちろん疲れてる時には無理しなくていいから。」
「…美弥子さんの味に似てるからですか?」
「それもあるし…単純に、誰かの作ったご飯が食べたいっていうのもあるかな。その代わり朝ご飯は任せて。散歩は毎朝の日課だし、ついでにパン屋さんで焼き立てのパン買ってくるから。ダメかな?」
彼の申し出にちょっと悩んでしまう。
ここに居る間、彼にしてもらうばかりも気が引ける。
それに、1人暮らしだと誰かの手料理が食べたくなる気持ちも分からないじゃない。
でも、味が似ていると分かったのに、期待させることにはならないだろうか。
どう答えたものかと悩みながらふと彼の方を見ると、縋るように見つめられていた。
そういうの、ズルいと思う。
そんな目で見つめられている状況で断れるほど、私は非情な人間にはなれない。
「…分かりました。私が作る物でいいのであれば。」
「ありがとう!毎日の楽しみになるよ。」
本当に嬉しそうな笑顔になる彼。
その表情に、私は何故か少しだけ、泣きそうになっていた。
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