5話

1/1
前へ
/11ページ
次へ

5話

ここで初めて迎えた週末。 私は変わらず私のまま。 美弥子さんとしての前世の記憶はない。 その代わりというか、あの不思議な夢は毎日見ている。 内容も同じ。 顔がぼやけてよく見えない女性が、私に向かって何かを言っている。 けど、それもよく聞き取れないまま。 こうも毎日のように夢に見ていると、何か伝えたいことがあると思えて仕方がない。 彼女は誰なんだろう。 私に何を伝えたいの…? 「どうかした?何か考え事?」 「あ…な、何でもないですよ。」 聞こえた声にハッと前を見ると、彼に覗き込まれている。 目の前には出来たての朝食がいつの間にか並んでいた。 ダメだ、夢が気になりすぎてぼんやりしちゃってた。 折角朝ご飯作ってくれたんだし、温かい内に食べよう。 「美味しそうですね。いただきます。」 「うん…まあ、いいか。いただきます。」 少し気にした様子を残しながら、彼も食べ始める。 どう話したらいいのかも分からないから、深く突っ込まれなくて良かった。 さてと。今日どうしようかな。 彼も休日だから、家にいたらずっと一緒に居る事になっちゃう。 それは…ちょっと気まずいな。 「ねえ、今日なんだけど…何か予定はある?」 「いえ、特にこれといった予定はまだないですけど…?」 「じゃあ、少し僕に付き合ってもらえないかな?」 「何か用事ですか?」 手伝って欲しい事でもあるのかな。 けれど、目の前の彼はゆるゆると首を振っている。 「用事とかではないんだ。久しぶりにドライブ行きたいなって思ったんだけど、1人じゃつまらないし、2人で行った方が楽しいだろうなって思ってね。どうかな?」 「ドライブ、ですか。」 どうしよう。 結局2人な事には変わらないよね… それでも、家に2人でいるよりはいいのかな。 気分転換にもなるし、どの道1人で出かけてもそんなに時間は潰せないし。 「そうですね。行きたいです。ドライブ。」 「本当?!良かった~。ちょっとだけ、断られるんじゃないかなってドキドキしてたんだ。じゃあ、ランチもどこか良さそうなお店で食べようか。」 「いいですね。」 鼻歌混じりに朝食の片づけを始めた姿を見て、その浮かれた気分が伝染したのか、私までウキウキしてきて笑顔になる。 だけど、すぐに自分に釘を刺す。 ダメダメ。浮かれてどうするの。 この人が私を誘うのは美弥子さんに似てるからで、美弥子さんの生まれ変わりだと信じてるから。 奈々子を誘ってるわけでも、見てるわけでもない。 私と彼は、1ヶ月だけの関係。 私が美弥子さんじゃないと分かれば、きっと二度と関わりを持つことはない人なんだから。 「平常心でいなきゃ。」 彼の楽しそうな姿から目を逸らして、準備をするためにさっさと部屋に戻ることにした。 ************* 「なんだかデートみたいだね。」 準備が出来た後、駐車場に向かった私達。 いつものようにドアを開けて、乗り込むのを見届けた後閉めてくれる。 この一週間変わらない紳士的な彼の行動。 そんな彼の出発してすぐの言葉に、一瞬ドキッとしてしまう。 でも、私はその言葉には答えられない。 「…美弥子さんとは、どんなデートしてたんですか?」 気まずくて、思わず美弥子さんの事を話題に出してしまった。 自分から美弥子さんの事を聞くのは初めてかもしれない。 なるべく避けていたから。 「美弥子とは…ほとんど出かけたことがなかったな。」 「え?どうしてですか?」 こんなに美弥子さんの事が好きなのに? 2人で出かけるのが珍しい時代だったのかな。 だけど、それは違うとすぐに分かった。 …彼が、すごく悲しそうに笑っていたから。 美弥子さんの話をしている時に、こんな表情は見たことがない。 「あの…」 「…美弥子はね、体が弱かったんだ。」 ポツリポツリと話してくれた前世での2人の事は、初めて聞くことばかりで。 それを聞いて、彼が悲しそうにしていた訳も、どうしてここまで美弥子さんに執着しているのかも、何となく分かった気がする。 『美弥子は小さい頃から病弱だったらしくてね。それでも成長してからは、大病をしたことはほとんどなかったらしい。だけど、無理はさせないに越したことは無かったから、殆ど遠出や外出はしたことが無かったんだ。あの頃は車もあんまりないし、外出するのは結構負担になることだったからさ。 無理をさせず、大事に愛してあげればいい。そう思ってた。 だけど、僕と結婚して2年後の冬…流行り病で美弥子は逝ってしまった。まだ、今の僕よりも若い年齢だったのに。 美弥子が息を引き取る前に約束したんだ。生まれ変わっても一緒になろうって。 美弥子が亡くなってから、いくつか縁談もあったけど…僕は美弥子以外を愛するつもりも娶るつもりもなかったから、前世での生を終えるまでずっと独り身でいたんだよ。』 彼の横顔が悲しそうで…見ていられない。 一目惚れしたって言ってたもんね。 美弥子さんの事大切にして、愛して… それなのに、たった2年で先に逝かれた彼の気持ちを考えると、何て言葉をかけたらいいのか分からない。 美弥子さん。 あなたはどうして、彼を1人にしたままなの? どうして彼の前に出てきてあげないの? どうして… そこまで考えて、頭を振る。 美弥子さんに怒っても仕方ない事じゃない。 確かに彼は可哀想だけど… 生まれ変わりなんて、本人の意思でどうこう出来るものなのかも分からないし。 美弥子さんにも、出てこられない事情があるのかもしれない。 だけど…何で私は美弥子さんに対してこんなにも腹が立つんだろう。 そんなの筋違いもいいとこじゃない。 彼に対する同情?可哀想だから? …やめよう。 何だか深く考えちゃいけない気がする。 自分の中で警鐘が鳴っている気がした私は、自分の心が分からない気持ち悪さを残したまま、考える事を放棄したのだった。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1287人が本棚に入れています
本棚に追加