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5話
ここで初めて迎えた週末。
私は変わらず私のまま。
美弥子さんとしての前世の記憶はない。
その代わりというか、あの不思議な夢は毎日見ている。
内容も同じ。
顔がぼやけてよく見えない女性が、私に向かって何かを言っている。
けど、それもよく聞き取れないまま。
こうも毎日のように夢に見ていると、何か伝えたいことがあると思えて仕方がない。
彼女は誰なんだろう。
私に何を伝えたいの…?
「どうかした?何か考え事?」
「あ…な、何でもないですよ。」
聞こえた声にハッと前を見ると、彼に覗き込まれている。
目の前には出来たての朝食がいつの間にか並んでいた。
ダメだ、夢が気になりすぎてぼんやりしちゃってた。
折角朝ご飯作ってくれたんだし、温かい内に食べよう。
「美味しそうですね。いただきます。」
「うん…まあ、いいか。いただきます。」
少し気にした様子を残しながら、彼も食べ始める。
どう話したらいいのかも分からないから、深く突っ込まれなくて良かった。
さてと。今日どうしようかな。
彼も休日だから、家にいたらずっと一緒に居る事になっちゃう。
それは…ちょっと気まずいな。
「ねえ、今日なんだけど…何か予定はある?」
「いえ、特にこれといった予定はまだないですけど…?」
「じゃあ、少し僕に付き合ってもらえないかな?」
「何か用事ですか?」
手伝って欲しい事でもあるのかな。
けれど、目の前の彼はゆるゆると首を振っている。
「用事とかではないんだ。久しぶりにドライブ行きたいなって思ったんだけど、1人じゃつまらないし、2人で行った方が楽しいだろうなって思ってね。どうかな?」
「ドライブ、ですか。」
どうしよう。
結局2人な事には変わらないよね…
それでも、家に2人でいるよりはいいのかな。
気分転換にもなるし、どの道1人で出かけてもそんなに時間は潰せないし。
「そうですね。行きたいです。ドライブ。」
「本当?!良かった~。ちょっとだけ、断られるんじゃないかなってドキドキしてたんだ。じゃあ、ランチもどこか良さそうなお店で食べようか。」
「いいですね。」
鼻歌混じりに朝食の片づけを始めた姿を見て、その浮かれた気分が伝染したのか、私までウキウキしてきて笑顔になる。
だけど、すぐに自分に釘を刺す。
ダメダメ。浮かれてどうするの。
この人が私を誘うのは美弥子さんに似てるからで、美弥子さんの生まれ変わりだと信じてるから。
奈々子を誘ってるわけでも、見てるわけでもない。
私と彼は、1ヶ月だけの関係。
私が美弥子さんじゃないと分かれば、きっと二度と関わりを持つことはない人なんだから。
「平常心でいなきゃ。」
彼の楽しそうな姿から目を逸らして、準備をするためにさっさと部屋に戻ることにした。
*************
「なんだかデートみたいだね。」
準備が出来た後、駐車場に向かった私達。
いつものようにドアを開けて、乗り込むのを見届けた後閉めてくれる。
この一週間変わらない紳士的な彼の行動。
そんな彼の出発してすぐの言葉に、一瞬ドキッとしてしまう。
でも、私はその言葉には答えられない。
「…美弥子さんとは、どんなデートしてたんですか?」
気まずくて、思わず美弥子さんの事を話題に出してしまった。
自分から美弥子さんの事を聞くのは初めてかもしれない。
なるべく避けていたから。
「美弥子とは…ほとんど出かけたことがなかったな。」
「え?どうしてですか?」
こんなに美弥子さんの事が好きなのに?
2人で出かけるのが珍しい時代だったのかな。
だけど、それは違うとすぐに分かった。
…彼が、すごく悲しそうに笑っていたから。
美弥子さんの話をしている時に、こんな表情は見たことがない。
「あの…」
「…美弥子はね、体が弱かったんだ。」
ポツリポツリと話してくれた前世での2人の事は、初めて聞くことばかりで。
それを聞いて、彼が悲しそうにしていた訳も、どうしてここまで美弥子さんに執着しているのかも、何となく分かった気がする。
『美弥子は小さい頃から病弱だったらしくてね。それでも成長してからは、大病をしたことはほとんどなかったらしい。だけど、無理はさせないに越したことは無かったから、殆ど遠出や外出はしたことが無かったんだ。あの頃は車もあんまりないし、外出するのは結構負担になることだったからさ。
無理をさせず、大事に愛してあげればいい。そう思ってた。
だけど、僕と結婚して2年後の冬…流行り病で美弥子は逝ってしまった。まだ、今の僕よりも若い年齢だったのに。
美弥子が息を引き取る前に約束したんだ。生まれ変わっても一緒になろうって。
美弥子が亡くなってから、いくつか縁談もあったけど…僕は美弥子以外を愛するつもりも娶るつもりもなかったから、前世での生を終えるまでずっと独り身でいたんだよ。』
彼の横顔が悲しそうで…見ていられない。
一目惚れしたって言ってたもんね。
美弥子さんの事大切にして、愛して…
それなのに、たった2年で先に逝かれた彼の気持ちを考えると、何て言葉をかけたらいいのか分からない。
美弥子さん。
あなたはどうして、彼を1人にしたままなの?
どうして彼の前に出てきてあげないの?
どうして…
そこまで考えて、頭を振る。
美弥子さんに怒っても仕方ない事じゃない。
確かに彼は可哀想だけど…
生まれ変わりなんて、本人の意思でどうこう出来るものなのかも分からないし。
美弥子さんにも、出てこられない事情があるのかもしれない。
だけど…何で私は美弥子さんに対してこんなにも腹が立つんだろう。
そんなの筋違いもいいとこじゃない。
彼に対する同情?可哀想だから?
…やめよう。
何だか深く考えちゃいけない気がする。
自分の中で警鐘が鳴っている気がした私は、自分の心が分からない気持ち悪さを残したまま、考える事を放棄したのだった。
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