小さな世界、大きな島

5/7
前へ
/7ページ
次へ
次の日から、活発に動くことにした。せっかくここまで来たのだから、やりたい事はやり尽くそうと思ったのだ。 まず、ダイビング。綺麗な海の中を見てみたい。泳ぎは得意ではないがウミガメと一緒に泳ぎたい。なんて夢を見て挑戦してみたが、全くダメだった。インストラクターの人と水深10メートルほど潜ってみたが、耳抜きが出来なくて、鼓膜が破れるんじゃないかってほど痛かった。なんとか潜って底に行っても、油断をしたら酸素ボンベの重さでひっくり返ってしまう。世間では、ダイビングのライセンスは短期間で簡単に取れる、などと言われているが絶対嘘だと思う。生半可な気持ちで潜ると、本当に耳が痛くて心が折れる。 それに対し、シュノーケリングは予想外に満足できた。ただ水中眼鏡を着けて泳ぐだけで楽しいのかと思っていたが、これが舐め腐った考え方だとすぐに気付かされた。水中に顔を着けたらすぐ別世界。深く潜らなくても、海の中はすごく綺麗に見えた。奇抜な色をした魚や、某映画の主人公になった魚もいた。偶然にも、すぐ近くをウミガメが横切って思わぬ形で夢が叶った。これは、やってみないと伝わらない感動だ。 海は泳ぐだけが遊びじゃない。沖釣りをした。小さな漁船に乗せられ、すぐ渡されたのは古びたライフジャケット。 「最近、海保がうるせーから、それ着ないと船乗せられねーんだ!」 笑っていたが、この船は法に触れるようなことはしていないだろうなと心配になった。しかし、船は定刻通り出発。港から40分ほど離れた場所に連れて行かれた。移動している間、スマートフォンの地図アプリで現在地を見てみると、どんどん石垣島から離れて行った。途中、いくつか島を通り過ぎた。竹富島、西表島、黒島、新城島。島というものに縁が無い人生を送ってきたため、島を見るだけで楽しくなる。漁船に乗せてくれたおじさんから、竹富島は定期便が出ていてすぐに行けると聞く。観光客がたくさん居るらしいが、こんなに近くにある島なら石垣島と変わらないだろう、と勝手に考えていた。沖釣りは思った以上に難しくて、3時間使ってたった1匹しか釣れなかった。こんなはずじゃない、と漁船のおじさんも唸っていたが、1匹釣れただけでも嬉しい。だって20数年生きて初めて魚を釣ったのだ。釣りのこの駆け引きの感覚、なかなか良いかもしれない。 釣りをした次の日は、港から出ている高速船に乗って竹富島に行くことにした。石垣島よりさらに小さくて、人口はたったの350人程度の島。それでも1時間に1本出ている定期船。地元は本州にあるのに、最寄り駅に止まる電車は2時間に1本。徒歩30分を最寄り駅、と言っても良いレベルの近さかどうかわからないが、駅はそこしか無い。だだっ広い田園より、海に囲まれた島の方が世間に人気なのだろう。地元には暫く帰っていなかったが、地元愛はあるので少し虚しくなった。自然が好きだ、という人間の中で海より田園風景の方が好きと答えるのは何割ほどいるのだろうか。 自然豊かな島、だと思っていた竹富島は、想像と全く違った。私はこの島を舐め腐っていた。実際の竹富島は、一言で言うと絵本の世界。石造りの塀、赤瓦屋根の平家が並ぶ集落。道路はアスファルトではなく、白い砂。自転車に乗って観光するのが一般的だと聞いて、自転車をレンタルして走ってみたが、タイヤが砂に取られて全然進まない。途中で諦めて押しながら進んだ。この島には、赤瓦の平家以外を作ってはいけないという決まりがあるらしい。そんな自由のないルールが日本に存在したのか、と思ったが、そんな決まりを作らなければ、この絵本の世界はこの姿を保つことは出来なかったのだろう。見ていて不思議な気持ちになる。特に、便利が当たり前の現代人が、本当にこの昔ながらの民家で暮らせるのか、という点。自分は東北育ちだから、まず冬を越せるのだろうかなんて要らぬ心配をしてしまった。 石垣島は観光のために都市開発を進めてある島だが、竹富島は何年先もずっと同じ姿を保つことを目標にしている島。きっと、私がお婆さんになっても、この島は姿を変えない。いつ来ても、今日と変わらない姿のままなのだ。ここには、いつか父親と母親を連れて来たいと思った。牛車に乗るのはその時まで取っておこう。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!

8人が本棚に入れています
本棚に追加