小さな世界、大きな島

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今まで島の南側、栄えているところで遊んでいたが、何もないと言われている北側も気になって来た。石垣島は北東のあたりが尻尾のように飛び出ている、変な形をしている島だ。どうせなら、そこまで行ってみようと思って古びたマーチを借りた。古いせいか、かなりエアコンの効きが悪かったが、島の風を浴びて走る良い機会になったのかもしれない。さすがに恥ずかしかったから市街地を出るまで我慢したが、運転席も助手席も後部座席も窓を全開にして、スマートフォンで音楽をガンガンに流しながら走った。わナンバーのレンタカー。地元の人に見られても、頭の悪そうな観光客が来たくらいにしか思っていないだろう。 地図アプリを見たら、島の尻尾の付け根あたりに玉取崎展望台、というものがあった。なにがあるかはわからないけど、展望台というのだから島の景色を見渡せる建物かなにかがあるのだろう。実際は想像していた展望台より、かなり低予算で作られたようなものだった。駐車場から少し階段を登った山の上に、公園に良くある木で出来た休憩所がぽつんとあるだけだった。そこが1番高い場所のようだ。そこに登ってから振り返って海を見た。なんとも言えないほどの絶景が広がっていた。大自然と海。海はやはり透き通った色をしていて、浅い場所と深い場所の境目がはっきりわかる。その日は天気がよかったせいか、海面がきらきらして見えた。周りの人たちは、この景色をおさめて帰ろうと、iPhoneのパノラマ機能を使って写真を撮っているようだった。自分も写真を撮ってみたが、レンズ越しに見ると、水面がキラキラしていない。まったく別の海に見えてしまう。この感動、高揚感はここの展望台でしか味わえない。この景色を目に焼き付けようと思った。 もっと景色を見たい、とうい勢いに任せ、次は島の最北端を目指す事にした。これから尻尾の先っぽに行くのだ。地図アプリには平久保崎と書いた展望台のマーク。きっとなにかあるだろう、と車を走らせた。北に行けば行くほど民家が減って言った。玉取崎まではそこそこ民家もあったし、飲食店もあったが、どんどん何もなくなっていく。あるのは背の高い緑色の草木。本州では見たことがないので名前は知らない。進んでいくうちに、ついに車ともすれ違わなくなった。最北端に着く手前、もう建物はないのかもしれないと思っていた時に、1軒だけ飲食店を見つけた。入り口に古びた像のようなものがあり、よく見ると数年前に急に芸能界から姿を消した大物司会者の像だった。石垣島にいる、という噂はネットニュースで見たことがあったが、こんなに人里離れた場所に店を構えていたのだろうか。残念ながら店は定休日だったので、その店について何も知ることは出来なかった。父親がその司会者の番組が好きで、昔よく見ていたことを思い出す。ここには、父親と一緒に来た時に行こう。やっぱり、石垣島には両親を連れてくるべきだ。 平久保崎には、自分以外誰も居なかった。駐車場は4台しかない。トイレはあるが、使用禁止の文字。玉取崎みたいに、休憩所のようなものは無い。あまり人が訪れないところなのだろうか。 階段を登って、1番高い所へ行くと、すぐ崖だった。「石垣島最北端」という文字が書かれた木の看板が、どんとひとつ立っているだけ。ザザーン、ザザーン、と波の激しい音が聞こえる。そういえばこの島に来て波の音は聞いただろうか。この島で今まで見てきた海は、波の音も聞こえないほど静かな海だった。けれども、最北端の海は荒波だ。自分1人しかいないここで海に飛び込んだら、誰も助けになんて来ない。もっと遠くへ流してくれるだろう。そして私はすぐ人の記憶から消えていく。あいつはいいやつだった、と過去の人になっていくのだ。誰か悲しんでくれる人はいるのだろうか。ひとりで妄想して、勝手に少し怖くなった。石垣島の海を見て、初めて恐怖を感じた。 この旅で撮った写真を見返すと、誰も写っていない綺麗な写真がたくさんあった。沖縄に行った卒業旅行の写真は、ブレたり、指が入っていたりして綺麗とは言えないが、人がたくさん写っていた。この先、沖縄と聞いて鮮明に覚えてるのはどちらの旅だろうか。間違いなく後者だなと思って虚しさがこみ上げる。よく考えたら、ここに来て誰とも連絡を取っていない。SNSもまったく更新していないし、見てもいない。誰も私が仕事を辞めたことなんて知らないし、石垣島にいることも知らない。大学生の頃、仲の良い友人たちで作ったトークルームに、仕事辞めた、とだけ送ってみた。返事は見ずに車に乗って南を目指す。人がいない最北端は、長くいると寂しさが襲ってくる。コンクリートジャングルが、少しだけ恋しくなった。
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