帰国した元彼は××

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私の家の最寄り駅の駅前広場にはストリートピアノがあって、老若男女問わずピアノの練習や演奏をしている。 私が働くクリニックではクラシック音楽を流していて、私はショパンのノクターン嬰ハ短調「遺作」の物悲しいメロディーが好きだった。 彼氏だった冬馬と通りかかったとき“遺作”を弾いているご老人がいて、私は思わず聞き入ってしまった。 弾き終わった後拍手をすると、冬馬も切ないけどいい曲だなと一緒に拍手してくれた。 白髪の男性がこちらに向かって軽く頭を下げ、私たちも会釈を返した。 それからたまにそのおじいさんが弾いている場面に出くわすと、私たちは聴き入って顔見知りになり話したりするようになった。 「…去年亡くなったよ」 冬馬と別れたあとも私とおじいさんこと富田(とみた)さんの交流は続いていて、年賀状のやり取りまでするようになっていた。 しばらく見かけないなと思っていると、死亡通知状が届き驚きとともに一人で泣いた。 悲しみを共有できる彼はもう私の隣にはいなかったから。
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