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第十七連鎖 「善悪ノ彼岸」
永遠に続くと思われた夜も明けた。
嵐の為に陽の光は地上までは届ききってはくれない。
だがその薄明りででさえ、色々な悲劇を明らかにしていく。
恐怖のアルバムに、また一枚のページが追加される。
第一発見者である青年は、そのページを捲る義務が在るかの様に。
ニュースが追加されてゆく度に命を削られていく。
彼が関わっている生徒2人の自殺、発端である。
担任と両親の自殺、生徒2人の行方不明。
副会長と不良3人の射殺と犯人の射殺。
生徒2人の心中自殺、病院での生徒と校長の自殺。
教頭と運転手の交通事故死。
刑事の射殺と自殺。
清掃員と出版社員の行方不明。
この地域の一連の不審死と事故死である。
自殺者だけでも尋常な数字ではない。
行方不明者に関しても悲観的な観測が多い。
事故も不審な点だらけで原因の特定が困難を極めている。
接近している台風によるものも在り得るのだ。
オカルト系雑誌のライターも困り果てていた。
頼みの綱のデスクと連絡が取れなくなったのだから。
彼は直ぐに警察に捜索願を出した。
出版社に行ってみたものの、何の手掛かりも得られない。
そして彼は途方に暮れる。
彼は自分で身分と状況を明かしてサイトを立ち上げた。
そこで一連の事件に関する情報を募ったのだ。
情報提供の場所を作る事で、事態の全貌を明らかにしたかった。
自分の上司の行方不明と関する情報を公開したのである。
ただ、太った少年の写真の件は省略しておいた。
サイトに掲載出来ない写真なんて、幾ら説明しても無駄だからだ。
集まってくる情報の真偽に関しても判断しかねていた。
デスクに関しての情報は何も集められない。
彼はデスク以上に、自分の安否を考え始めていた。
婦警が警らから警察署へと戻ろうとパトカーを走らせていた。
ミニパトは強風の影響を受け易い。
彼女の心理状態の様に不安定に揺れている。
彼女は最近の警察の不祥事にも心を痛めていた。
本格的に接近してきた台風と同様に、何を警戒すれば良いのか?
彼女も隣接所轄の刑事と同僚の射殺の報に愕然とした一人である。
何より同僚が射殺した不良達のチーム名に驚いていた。
そのナイトサファリには、昔からの知り合いが所属していたからである。
東京の外れの下町、住み心地は良いが決して富裕層ではない。
進学率も就業率も常にワーストを争う地域。
外国人向けの日本のガイドブックでは紹介される事の無い東京の裏。
彼女の幼馴染の同級生の弟で、幼い頃はよく一緒に遊んだ事も在る。
近所の総合格闘技のジムに入門した時に、彼がいて驚いた。
共に家が裕福ではない彼女達は格闘技に傾倒していく。
丁度テレビで格闘技の大会が放送されていて大人気だったのだ。
この道なら成功出来るかも知れない。
彼女達は同じ夢を見ていた。
しかし彼はアマチュアの大会で敗北してしまった。
その時の肋骨骨折による入院と通院の為にジムも辞めてしまう。
彼女もプロ格闘家の夢は諦めていたがジム通いは続けた。
やがて就職の時期となり、婦人警官を志す事となる。
家が裕福でないので、リスクを避けて公務員になるのを選んだ。
そして、それは成就する。
その時に2人の道は分かれていき、再び交差する事は無い筈だった。
駅前で偶然に会った2人は、お互いの近況を語り合う。
彼は飲食店でアルバイトをしているとの事だった。
その時に二の腕の龍のタトゥーを見付けて、少し残念な気持ちになる。
でも、そんな事をしている余裕が出来たんなら大丈夫か…。
その後、彼が勤めていた飲食店の営業停止を知る。
店内での違法合成麻薬の取引及び、未成年の違法就労との事。
それは反社会的組織が経営に関わっているとの噂のクラブ。
実際に運営していたのは半グレ集団であった。
彼等は店名ナイトサファリを、そのまま通称としている。
そのメンバーの名簿の中に彼の名前を見付けた時は愕然とした。
彼はストリートでの喧嘩が滅法強く、シャオロンと呼ばれているらしい。
小さな龍。
後にナイトサファリの面々は違うクラブに関わっていた。
そのメンバーが元警官に射殺されたのである、それも一度に3人も。
彼女は射殺されたメンバーの名前が公表されるまでは気が気でなかった。
彼の名前じゃなかった時の安堵感に自分で驚いた程である。
警察は社会的制裁もそうだが、彼らのバックにも警戒していた。
台風により全く客のいない店内で、彼等はテレビを見ている。
全員が朝まで酒を飲み続けて酔っ払っていた。
ナイトサファリのメンバー4人である。
彼等はニュース番組での警察の記者会見に怒り心頭であった。
何せメンバー3人が無防備なのに射殺されたのだから当然である。
アルコールによるものか、彼等の眼は真っ紅であった。
彼等は皆が家庭の事情を抱えている。
貧困や家庭内暴力の被害は元より、犯罪の被害者もいた。
彼等にも薄々理解は出来ている。
このまま生きていても上がり目は全く見えて来ない。
ドロップアウトしたからといって、どうしようも無いのだ。
反社会的組織に所属しても、また別の搾取システムに参加するだけ。
どちらにしても未来も将来も展望も無い。
だから仲間と一緒にいる。
社会的孤独ほど怖いものはない。
その仲間を撃ち殺しやがって…、仲間を…。
「ハンムラビ法典って習った奴いるか?」
「ハム…ラム…?」
「目には目を、歯には歯を。」
「よく、わかんね~。」
彼等は笑った、そして互いに頷きあったのである。
一人が皆のグラスに酒を注ぎ始めた。
フェルネット・ブランカ。
全員がグラスを掲げて乾杯した。
その後で床に叩き付けて粉々に割った。
そして彼等は一斉に立ち上がったのである。
店のガレージに停めてあった軽自動車に乗り込む。
前後に2人ずつ乗り、足元には金属バットが2本ずつ置かれていてる。
車はゆるりと発車して警察署へと向かった。
警察署では射殺事件と台風被害の対応に苦慮していた。
突発的な事情が重なると、公的機関は小回りが利かないのは何処も同じ。
その忙しさの中での会話でも、射殺事故の話題はタブーであった。
犯罪の犯人とはいえ元の同僚を、威嚇射撃で射殺してしまった当人がいる。
彼は病気の療養の名目で自宅待機していた。
なので激務の間の休憩時の話題は他の事になる。
その殆どが台風関係の情報と連続自殺関係のニュース。
そこに外国でのデモの話題も入り込んできた。
政府に対してのデモに警察が実弾を発砲した事件が勃発。
その是非が話題になるのは、同じ警察機構としては当然か。
会話している者の殆どが過剰防衛との意見であった。
民間人に実弾の使用は在り得ないとの事である。
出来れば定年まで一度も撃ちたくない、と言う者もいた。
それには全員が同意見で頷くしかない。
窓の外の景色は大荒れである。
今夜中には通過してしまう予報の台風。
明日には台風一過の平和な景色が見られるのだろう。
その景色の中にゆるりと軽自動車が映りこんできた。
警察署の駐車場に停車する。
乗車しているナイトサファリのメンバーはメイクを施していた。
素顔を隠す為ではなく、精神的な武装の表面化である。
一見させられただけで間違いなく相手は萎縮させられるからだ。
外国のロックバンドを模して星をモチーフにした者。
洋画を模してピエロのメイクをした者。
女装と思われる程の化粧。
彼等3人は、その手に金属バットを握りしめていた。
ただ一人だけ、運転していた者はメイクをしていない。
彼は他の3人とは別に、金属バットも持ってはいなかった。
その拳にオープンフィンガーグローブを装着し始める。
それは総合格闘技で使用されるグローブであった。
その二の腕では龍が猛っている。
「それじゃあ、狩りにでも行くとするか。」
「ヒャッハー!」
明らかに異様な風貌で車から降りて来た男達。
当然、立番をしていた警官が足早に近付いていく。
その彼を、車の影から出て来た男が金属バットで一撃した。
油断していなかったにも関わらず頭を打たれて昏倒する。
頭部からの出血が豪雨で滲んでいた。
強い風音で署内の人々には気付かれていない。
目の前の道路を通る車が見ても、警察署だと知るとスルーする。
通報する意味が無いからだ。
4人はドアを通って警察署内に侵入する。
止めようと立ちはだかった警官も金属バットで薙ぎ倒された。
それを見ていた警察署内の全員が一瞬固まってしまう。
ここは…警察署だぞ。
何だ?
背広組も制服組も次々に叩き壊されていく。
婦人警官や事務職組からは悲鳴が上がって交錯する。
ここは警察署だぞ…、ここは。
奇襲を仕掛けてきた喧嘩のプロと、油断しきっていた戦闘の素人。
こんなにも優劣が違うものなのか。
拳銃を抜こうとした警官もいたが、速度が違い過ぎる。
逃げ惑う署員達は倒されるか、階上へと向かった。
殆どの被害者が頭部を打たれて失神状態である。
もはや彼等は興奮状態で止められはしない。
次の獲物を狩ろうと、階上へと駆け上がっていった。
いつもの様に駐車場にパトカーを入れた瞬間、異変に気付いた。
婦警は倒れている立番に駆け寄る。
彼は頭から出血し昏倒していた。
「救急車!」
彼女は署内へと駆け込んでいった。
ドアを開けた瞬間に、その惨状に茫然とする。
「一体、何が…?」
倒れている顔見知りの署員達、皆が頭部を負傷している。
蠢いている者…、苦痛の呻き声を発している者…。
ここは警察署でしょ、一体何が起こったの?
何が起こっているの?
その時に彼女は不思議な光景を見た。
受付の前のベンチに人々が座っているのである。
若い女性と子供達、皆が無表情で自分の方を見ているのだ。
この戦場の様な署内で、である。
「何をしているんですか、早く逃げなさい!」
婦人警官に戻った彼女は、人々を促した。
だが人々は彼女の方を見つめ続けるだけである、無表情のままで。
この人達はどうしたのだろう、何故座り続けているのだ…。
何故、無表情で私を見ているのだ?
…その時である。
階上で怒声と悲鳴が混ざり、銃声が響いてきた。
彼女は意識が覚醒した様な状態になる。
…発砲?
彼女はホルスターから拳銃を抜いて階段を静かに上り始めた。
婦警は、想像も出来なかったその状況に愕然とする。
拳銃を持った手が軽く震え始めていた。
階上では4人の男の背中が見える。
警官から奪ったのであろう拳銃を構えていた。
遠くの机の影から倒れている警官の下半身が覗いている。
おそらく撃たれたのであろう、出血も確認出来た。
一刻を争うし、容疑者達は拳銃を所持している。
彼女は深呼吸をしてから撃鉄を起こした。
ぱんっ。
最初の発砲は、婦警に背中を向けて拳銃を構えている男に対して。
右肩の下を撃たれた彼は無言のまま崩れ落ちた。
驚いて彼女の方を振り返った男に次の一撃。
振り向きざまだったので腹部に向けて撃ち込んだ。
彼は短く呻いて、頭から前のめりに倒れて動かなくなる。
次の瞬間に、もう一人が婦警に向けて発砲した。
その弾丸は彼女の肩を掠める。
そして後ろの壁に当たり、跳ね返って大きく音を反響させた。
彼女から撃ち返された弾丸は、彼の額に穴を開けていく。
後頭部から血飛沫を巻き散らす。
やはり撃たれた男は無言のまま膝から崩れ落ちた。
遠くで隠れて見ていた者達から悲鳴が上がる。
婦警はまだ無事な者達がいると判って少し安心した。
これで正当防衛による発砲だと証明して貰える。
前方に倒れた男の背後に、茫然と立ち尽くす者がいた。
撃たれた男の血を浴びて真っ赤だが、その顔には見覚えが在る。
婦警の瞳は驚きで見開かれてしまう。
男も彼女の顔を見て驚いている。
だが二人共に互いの名前を呼ぶことはしなかった。
互いの立場を考えたのではない。
無言のままで、多くの会話を交わせたのである。
離れていった二人の運命が再び交差した。
交錯してしまったと言ってもいい。
正面衝突。
二人は一瞬の間だけ、お互いの昔の笑顔を思い出していた。
同時に、その懐かしい笑顔を。
次の瞬間、その男は態勢を低くして婦警に突進してきたのである。
タックル。
彼女は躊躇せずに男に向けて弾丸を撃ち込んだ。
もんどりうって倒れた男。
弾丸は彼女の思惑からずれて急所に命中してしまっていた。
おそらく彼は助からない、救えない。
「ううううっ…。」
その男は足元で呻きながら蠢いている。
婦警は注意深く、ゆるりと彼に拳銃を向けた。
視線の先では、二の腕で龍が苦しんでいるのが見える。
小さな龍。
「もう大丈夫だ、そいつだけは丸腰だから!」
一連の地獄を奥から見ていた署員達が婦警に声を掛ける。
拳銃の所持者が倒されたので安心したのであろう。
彼女は、その内容よりも声を掛けられた事に嫌悪していた。
…こいつらは、いつだって安全地帯から吠えているだけの犬だ。
イヌノオマワリサン。
「もう拳銃を降ろしても大丈夫だよ!」
婦警は紅い瞳で声の主を一瞥してから、撃鉄を起こす。
懐かしい顔に銃口を向けた。
そして、残っている弾丸を全て撃ち込んだ。
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