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Ⅰ
この街のアーケードを潜った先にある小洒落たギャラリーには、白い蘭の生花が瑞々しい姿を誇るように幾重にも飾られていた。それを横目に、鹿児乃利人個展会場入り口を通り過ぎる。
個展が開催されている会場の中央には、一際大きな油絵が掲げられていた。その前には、一組の男女が熱心に絵画談議に花を咲かせている姿がみえた。
静かに流れるレクイエムの調べが、ギャラリー内の時の流れを緩やかに引き留めている。
「素敵な絵ね」
女はまだ二十代後半だろうか、優しげな微笑が肩まで伸ばした黒髪に隠されていた。
グレーの背広姿の男とは対照的に、カジュアルではあるけれど、何処かしら品のよい着こなしのワンピースには、落ち着いた色合いの華やかな薔薇が散りばめられていた。
まさしく、幸せを纏うカップルに見える。
「不思議な作品名だなぁ。『落日の夜明け』だなんて、朝と夕、どっちだよ?」
見る位置を変えたり、頭を傾げ角度を変えて不思議そうに絵を眺める男に向け女は言った。
「貴方はどっちにみえる?」
「わからないなぁ。見ようによってどちらにも見える不思議な絵だ。利人の考えることは相変わらずよくわからんね」
「あら、そう? そんなところが彼らしくて面白いんじゃない」
女の親しげな言葉に男は素っ気なく言い放つ。
「そりゃあ君は鹿児乃画伯の理解者第一号だから、そういうだろうさ」
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