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二人が話している絵は全体の四分の三ほどの背景に、遠く山なみに隠れる陽光が高い空と薄い雲をオレンジ色に染め、地上に流れる水面にその風景を鮮やかに映しだしていた。それに対し、山並みや地上は霞むような闇に包まれている。
左下に位置する男は、女を強く抱きしめている。男は女に顔を深くうずめ、女は後姿で、二人の表情は見えない。その絵は、サイズにして百号程の大きなキャンバスに描かれていた。
「失礼ですが、鹿児乃利人のお知り合いですか?」
声を掛けられ振り向いた女は、想像以上に美しい人だ。淡い照明が照らす、優しい薄闇の空間にありながら、主役である絵画たちにも劣らぬ魅力を印象つけるのに十分だった。
「えぇ、貴女は?」
「はい。あたしは利人の姪で未来と申します。叔父なら夕方には会場に来られると言っていましたよ」
個展会場を訪れた島津義博、倫子夫妻は未来の叔父利人の大学時代の友人たちだった。二人は美大卒業後直ぐに結婚していた。
利人は卒業後、就職してからも絵を描き続け、近年個展を開けるまでに作品数を増やしている。その利人が公募で賞をとった作品が、この絵だった。
「貴女も絵を描かれるの?」
「はい。あたしの絵なんて叔父を真似ているだけですけどね……」
女は、少女らしくはにかんだ制服姿の高校生に、「じゃあ、この絵は貴女の目にはどう映るのかしら?」と、微笑みかけた。
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