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 落ちつきはらった雅文の態度にはりつめた空気が拡散した。一瞬の緊張感がうすれ、ただの大げさな痴話ゲンカだとため息まじりに理解が広がる。  雅文はにっこりと笑った。きょろきょろ周囲に視線をうつし、こぼれ落ちそうに開かれた目で何かを探しているような彼女を、おだやかな口調で言い含める。 「ほら、早く家に行こう。ドアの前に荷物を置きっぱなしなんだ。着替えくらいしか入ってないけど何かあったら困るしね」  咲良が雅文の顔を見た。愕然とした表情をしている。 「どうして……」  咲良はつややかな唇を開き、雅文に小さく問いかけた。  雅文は思わず微笑んだ。やっと耳にすることができた愛しい彼女のつぶやきに、突き上げて来る熱い思いで胸の中がいっぱいになる。 ──早くその声で以前のように優しく名前を呼んで欲しい。  しかし、放たれた彼女の声はどこかひび割れ、かすれていた。 「どうして、私のマンションを知ってるの」 「君のことなら何でも知ってる。来る前にちゃんと調べたんだよ、けっこう大変だったけど。やっぱりまわりが色々とね」  苦い思いを胸にしながら雅文は小さく語尾をにごした。振り切るようにかぶりを振って、再度にこやかに言葉を続ける。 「でも、もう大丈夫だ。もう誰にも邪魔はさせない。──早く行こう、君に話したいことがたくさんある」  ショルダーバッグを右手に持って、左手で彼女の手を握る。咲良がとっさに腕を引きかけたが、力ずくで押さえ込んだ。髪からのぞいた小さな耳へはっきりとささやいてやる。 「僕は今、君の家族が住んでる場所もわかってる。もし君が今度僕から逃げたら、すぐに家族の所へ行くから」 「……!」  絶望的な瞳の色で自分を見上げるその顔に、雅文は優しく笑って見せた。 「大丈夫だよ、君がいるから。もう君を探す必要はないんだ。君さえいればそれでいい。何度もそう伝えただろ?」
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