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 再び咲良の手を握り、どうやら緊張しているらしい冷たい指を包み込んだ。 「ほら行こう。さすがに疲れた、早く君の家で休みたい。先に入って待ってても良かったんだけど、今度は君に怒られそうだし」  びくっと細い指先が震えた。その感触を楽しみながら雅文は足をふみ出した。咲良は一瞬硬直し、雅文の動きに逆らった。だがすぐにあきらめたように抵抗をやめて歩き出す。  雅文は満面の笑みを浮かべた。そして、彼女がそばにいることに深い喜びを噛みしめて、駅構内の出口へと向かった。 「最初、君の家の前にいたんだよ。その方が確実かなと思って。でも隣に住んでる男に何だか嫌な目で見られてさ。あそこは日ざしもきついから、駅で待ってることにしたんだ。入れ違いになったら困ると思ったんだけど……。会えてよかった」  くっくっと喉を鳴らして笑い、自分が駅で待っていた経緯を彼女に明るく語ってやる。咲良は小さく顔をそむけた。  構内にいる時は気づかなかったが、外は真っ暗になっていた。駅から続く道路の歩道を、雅文はややうつむいている咲良と一緒に歩いていた。 駅で雅文に手をつながれてから、咲良は一言もしゃべらなかった。パンプスのせいか歩みは遅く、雅文ははやる気持ちを抑えて彼女に歩調を合わせてやった。 「別に気にすることはないよ。僕が好きで待ってただけだし、けっこう駅で人の流れをずっと見てるのも面白かった。ほら、しばらく家の中に閉じ込められてたせいもあって、知り合い以外の人間と顔を合わせることもなかったし。だけど、駅でも勘違いされて……まいったよ」  咲良の肩に力が入った。自分の手のひらの中にあるつややかな爪の感触に、雅文は頬をゆるませた。
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