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2.
「手、冷たいな。寒いのか?」
かさねた言葉に咲良が目を伏せ、すぐに小さく首を振る。視線を上げるとその先にコンビニの光が見えていた。雅文は再び咲良に聞いた。
「ああ、コンビニ寄る? 飲み物くらい買って行こうか。アルコールはいらないけど」
最後に自身で足した言葉に苦い思いが込み上げる。
──あの時、自分が大叔父の誘いに彼女の存在を明かさなければ、こんな面倒なことにはならなかった。
だが、それはもうすんだことだ。
雅文は固く決意していた。アルコールには手を出さない。自分は兄やどうしようもない親族達とは違うのだ。
コンビニの明かりを目の前にして、咲良の歩みが早まった。雅文は再び微笑んだ。ひょっとすると、彼女は食事を心配しているのかもしれない。まさか自分が来るなんて思いもしなかっただろうし、何の準備もできていないはずだ。
──馬鹿だな。僕は君がそばにいるだけで十分なのに。
咲良はコンビニの中に入ると物言いたげに雅文を見上げた。明るいコンビニの店内で雅文は改めて彼女を見た。
学生だった頃よりも落ち着いて見える憂い顔。背中まである豊かな髪が、白い丸顔の輪郭をあざやかにふちどっている。前より伸びたその髪に、雅文は時の経過を感じた。だがなつかしい面立ちは前と変わらず愛らしく、雅文は頬に触れたくなった。
「なに?」
優しく雅文が問いかけると、咲良はおずおずと唇を開いた。
「あの……、買いたい物があって。カバン、返してくれる?」
雅文は口元をほころばせた。彼女の指から手を離し、ジーンズの後ろポケットを探る。
咲良がぱっと腕を引いた。雅文は財布を取り出してたずねた。
「何が欲しいんだ? 僕が買うよ」
咲良は再びうつむいた。
「せ、生理になっちゃったかも。だから、ちょっと──」
恥ずかしそうにそう言って、日用品のコーナーにもじもじしながら視線を向ける。雅文は軽く肩をすくめた。
しかたなく手に持っていたバッグを彼女へ返してやる。咲良は表情を硬くして、自分の腕の中にもどったショルダーバッグを抱きしめた。雅文の視線を気にしながらも日用品の棚へ向かう。
さすがにそこまでついて行くのはきまりが悪いような気がして、雅文はレジへと足を向けた。
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