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姉、あかり
顔を洗っていたら、甘い匂いが漂ってきた。
タオルで顔をふき、歯ブラシを口にくわえて、大野慎太郎は台所に向かった。
「何作ってんの」
言いながら、ガス台の上をのぞき込む。大きな蒸し器から、しゅんしゅんと白い湯気が立ち上っている。
「蒸しパン」
姉のあかりが、ぼそりと答えた。振り返りもしない。
「ふうん」
慎太郎は、歯をみがきながら、湯気を眺めた。蒸しパンなんて久しぶりだ、と思う。
大きな食器棚のせいで、台所の東側の窓は、半分以上隠れている。その棚の上から、朝の光がこぼれ、あかりの背中を照らしている。
シンクで口の中の泡を吐き出し口をゆすぐと、
「あんた、洗面所でやんなさいよ」
あかりが顔をしかめた。
「慎太郎ってさあ、いつも暇そうだけど。大学生って暇なわけ?」
あかりが、コンロの火を消して、蒸し器のふたを取った。もわあ、と熱い湯気が顔にかかる。
「今日、あたしドレス取りに行くんだけど。あんた送ってってくんない? 車で」
「なんで俺が……」
蒸しパンを一つつまもうとしたが、熱すぎて触れない。
「それ食べたら、早く行こ。十時にドレス屋さん予約してるんだから」
あかりはいつでも自分中心である。
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