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こんな町
「あんた、彼女が出来たらさあ。あの子には見せないほうがいいよ」
「なんで?」
「取られるよ」
頭にバラを咲かせたまま、真面目な顔で言う。
「チトはそういう奴じゃないと思うけど」
「ふうん。チトって呼んでるんだ。可愛いね」
話がかみ合わないようだ。
自宅に向かって車を走らせる。昔から住んでいる、よく知っている道だ。ガソリンスタンドの角を曲がって、ホームセンターの脇を通り過ぎた時、あかりは
「あっち。あっちの道行こうよ」
自宅と反対方角を指さした。
「どっか行きたいとこあんの?」
尋ねると
「うん。まあね。ううん」
などとハッキリしない返事をする。
「この道、なつかしいなあ。通学路だったよね?」
あかりが、目を細めて言う。
「私が小六のときに、あんたが一年生でさ、入学してきたんだよ。お手手つないで、通学したの。覚えてる?」
「……なんとなく」
「なんとなくねえ。ここ右曲がって。駅前行こうよ」
言われるままウィンカーを出して、交差点を曲がった。
駅前の商店街は、さびれて、ほとんどシャッターが下ろされている。昼間営業しているのは中華料理屋と、古くさいオモチャ屋と、全国展開のカフェくらいだ。
少し行くと、エンジェルなんとかという、大きなガールズバーの看板が目に入る。
「このへんで、あんた迷子になったよね。お祭りのとき」
「そうだっけ」
「そんときは、ガールズバーなんてなかったけど。あたしさあ、ガールズバーって、女の子のためのバーだと思ってたんだよね。男に絡まれたりしない、女性専用の飲み屋。行きたいなって言ったら、あんた、怖い顔であたしを止めたの。あたしがバイトするんだって思ったの?」
おかしそうにくすくす笑う。
慎太郎は、もうすぐ遠くへ嫁ぐ姉が「思い出めぐり」をしているということに気が付いていた。ゆっくりと車を走らせる。
こんな町でも、姉には、ひとつひとつ思い出があるのだ。
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