こんな町

1/2
前へ
/7ページ
次へ

こんな町

「あんた、彼女が出来たらさあ。あの子には見せないほうがいいよ」 「なんで?」 「取られるよ」 頭にバラを咲かせたまま、真面目な顔で言う。 「チトはそういう奴じゃないと思うけど」 「ふうん。チトって呼んでるんだ。可愛いね」 話がかみ合わないようだ。 自宅に向かって車を走らせる。昔から住んでいる、よく知っている道だ。ガソリンスタンドの角を曲がって、ホームセンターの脇を通り過ぎた時、あかりは 「あっち。あっちの道行こうよ」 自宅と反対方角を指さした。 「どっか行きたいとこあんの?」 尋ねると 「うん。まあね。ううん」 などとハッキリしない返事をする。 「この道、なつかしいなあ。通学路だったよね?」 あかりが、目を細めて言う。 「私が小六のときに、あんたが一年生でさ、入学してきたんだよ。お手手つないで、通学したの。覚えてる?」 「……なんとなく」 「なんとなくねえ。ここ右曲がって。駅前行こうよ」 言われるままウィンカーを出して、交差点を曲がった。 駅前の商店街は、さびれて、ほとんどシャッターが下ろされている。昼間営業しているのは中華料理屋と、古くさいオモチャ屋と、全国展開のカフェくらいだ。 少し行くと、エンジェルなんとかという、大きなガールズバーの看板が目に入る。 「このへんで、あんた迷子になったよね。お祭りのとき」 「そうだっけ」 「そんときは、ガールズバーなんてなかったけど。あたしさあ、ガールズバーって、女の子のためのバーだと思ってたんだよね。男に絡まれたりしない、女性専用の飲み屋。行きたいなって言ったら、あんた、怖い顔であたしを止めたの。あたしがバイトするんだって思ったの?」 おかしそうにくすくす笑う。 慎太郎は、もうすぐ遠くへ嫁ぐ姉が「思い出めぐり」をしているということに気が付いていた。ゆっくりと車を走らせる。 こんな町でも、姉には、ひとつひとつ思い出があるのだ。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!

15人が本棚に入れています
本棚に追加